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《第二週 水曜日 早朝》
まさか二人して、同じタイミングで同じようなことを言い出すとは。ついにトラブったか。
藤川玲からのメールには「あの時現場でおれを発見した刑事さんの名前って長谷さんでしたよね、正直にあの子の正体教えてください。あと、あの子何故水球辞めて警察官になったんですか。ちょっと直接話しましょう。」とあった。
長谷からは「他にも都心で法医学教室持ってる大学はあるようですし、王林大にも法医学の先生って他にいると思うんですが、何故藤川先生が担当になったんでしょうか。ちょっと変わってるで済む程度じゃない気がしています。」とあった。
藤川にはきちんと説明しないと面倒なことになりそうだ。
逆に長谷にはまだ説明しないほうがよいだろう。
藤川は説明すれば納得はしなくとも聞いたことは漏洩せず最後まで面倒も見るはずだ。
しかし、長谷は藤川のバックグラウンドを知ったらショックで心が折れてしまう気がする。
長谷は基本的に周囲に愛されて育った人間だ。
人を疑いなく信頼できてしまった所為で起きた【あの件】さえ露呈しなければ、何の挫折もなく、卒なく望むもの全て手に入れて、アスリートとしての地位に就き、指導者にもなれていた筈だ。
そういう人間が、自分の力ではどうにもできない【事件】で何もかもを失って、根源的恐怖から自己の存在の確信も、信頼感も一切持てなくなった人間がいるという事実を受け止められるようには思えない。
取り急ぎ、藤川玲には話すので都合のいい日時を指定してほしいと返信した。
長谷には、結論を急がないで習得すべき内容に今は集中するよう返信した。
藤川玲からはすぐ折り返し連絡が来た。
「本日であれば父を見舞いに行くので、19時以降であればお会い出来ます。場所はおまかせします。できれば個室がいいです。このことはくれぐれも長谷くんには内密にお願いします。」
しかし、藤川玲は食べられるものが極端に少ない為、夜どこかで面会するにも場が限られてしまう。かと言ってうちに呼ぶわけにもいかない。個室のあるカフェはこの辺りにないので、駅近くのホテルのラウンジで手を打ってもらうことにした。
長谷からはまだ応答がない。観念して大人しく藤川の下で研修を続けることにしたのかと思いきや、出勤で家を出て駅に向かう間に返信が来た。
「わかりました。研修に集中します。尚、研修に入る前に藤川先生について調べてて気になっていたのですが、先生の論文にいつも名前がある"おだかあきまさ"って誰ですか?(心理学の論文のほうにも同じ名前があります)」
何でそんなに変に勘がいいんだ。よりによって、そこを突いてくるか。
急いで返事を打つ。
「全て終わって署に戻ったら話す、今は気にするな」
頼む、その名前に触れるな。
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