【2020/05 居場所】

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年が暮れる頃には玲さんは再び勉強漬けになり、明けてからは盤石の備えで試験に臨み、順調かつ無事に第一志望だった文科三類で合格した。 東京大学には○○部という括りでの募集はない。理科○類、文科○類とあり、それぞれ三類まである。前期2年間は教養学部に所属してその後の後期の専門教育に必要な基礎的な知識と方法を学ぶ。 文科は一類が法と政治、二類が経済、三類が言語・思想・歴史・行動学を中心にした人文科学全般、それと教育。教養学部においてはリベラルアーツ教育の観点から超域文化科学科、地域文化研究学科、総合社会科学科、基礎科学科(科学史・科学哲学)、広域科学科、生命・認知科学科(認知行動科学)と学科が用意されている。 玲さんが入った三類はほかの文科よりは難易度は低いと言われているはいえ、偏差値は73。得点率は83。決して文科三類だけがずば抜けて低いわけではないという。寧ろ文科三類の二次試験の足切りの点数は文一・文二を上回っていることが多いくらいだとか。 そして難易度が低いというのはあくまで科類の最低点の話であって、玲さん自身はどの科類でも入れる点数を取って合格しているという。そもそも科類に属する学部に必ず進学しなければいけないというわけではなく、制度上はどの科類で入っても文理問わずどの学部にも進学はできるのだという。 但し、それぞれの学部で科類ごとに定員を別々に設けているため科類によって進学しやすい学部と進学しにくい学部はある。尚且つ出席・レポート・試験などをもとにしてカリキュラムごとに算出される点数の平均が高い人から順に希望の学部に進む故に、実際そうするためには入ってからの努力が重要ではある。 それでも、それ以前に持っているものの大きさは、アドバンテージで強みだ。わたしは東京大学の受験事情は知らなかったが、如何に玲さんが優秀で、学習に長けた人間なのかを改めて知った。何より驚くべきは、ひどく病んでいたにも拘らずそうなるべく努力を続けた意志の強さだ。 玲さんはおそらく、わたしの知る限りずっと病んでいる。病んでいるけど、それはそれ、これはこれと自分のことを受け流す客観性としなやかな柔軟性、自分に対する厳しさを持っている。それは直人さんの相手をする上でもそうだった気がする。 わたしは直人さんの求めるタイプやプレイがどんなものかはおおよそ知っていたが、詳しい内容や最中の様子は知らない。でも、忠実に望まれるよう振る舞い、終わればケロッとして薀蓄を披露したり歓談しているような子だった。 学業や研究が忙しいときは容赦なく断ったりすっぽかしもすることもあったが、それだって「それはそれ、これはこれ」で、咎を後に存分に受けることでバランスを取っていたように思う。良くも悪くも割り切るということに非常に慣れている。 勿論学校に行かずに自力で高校卒業レベルまでの学習を終えていた早熟さもすごい。しかも受験予備校に行かず教科毎の実践に特化した塾に通い課題をこなし、それ以外は何をどう習熟させるかを自分で組み立てるのを基本として取り組むというのは、出題傾向に合わせて詰め込んでひたすら過去問を解いてという一般的な受験対策とは全く別物だ。 徹底して自主性に基づいた、受け身ではない戦い方。ホームスクーリングを中心とし、殆ど学校や一般的な塾や予備校に頼らないで受験に勝利しているというのは希少なのではないか。それ自体も、そしてそれを支えることも、誰にでもできるようなことではない。 「でも、受験の段階で医学部行くルートだって選べた訳でしょう?どうして文系に?」 「この頃は心理学者か心理支援職になろうと思ってて、医師になる気はなかったみたい」 「それは…あなた方が既に精神科医だから?」
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