【2020/05 凱旋】

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「いや、てかさ、そもそもその発想で選んだおれとおれの家族ばっかのところに長谷ん家を入れるのはカテゴリ違いでしょ。彼処に入れるなら、おれとお前の2ショだろ。どうする?フォトウエディングでもするか?」 突然出たウエディングという言葉に反応して、長谷の首から上が見る間に紅潮し、緑がかった目の中心にある瞳孔がきゅうっと縮まる。 「…う、うぇ…」 「はは、いい反応。かわいいねえ」 おれがソファを離れてキッチンに向かう背中に向かって、大きな体に見合わない弱々しい声で「もぉ~…」と吐き出すのが聞こえた。冷蔵庫から冷えた水のボトルをとって、リビングに戻る。 「てか、やらない?ほんとに。嫌ならいいんだけど」 そう言うと、おれがまあまあ本気で言ってるのがイマイチ信じきれないのか目を丸くして、立ったまま水を飲んでいるおれをソファから見上げている。 「優明結婚するし、その時写真撮るでしょ。ついでに一緒に撮ってもらうとか、どうよ。まあ、まだ顔合わせしたりなんだり、準備で半年くらいは時間かかるかもだけど」 一息に半分ほど飲んでそう言ってから、仕事のことも話しておくことにした。 「それと、おれがずっとライフワーク的に取り組んできた課題というか、研究がやっと日の目を見ることになってさ。表彰されるんだ、今度。それで、チェコ行って講演することになった。だから、ちょっとしばらく忙しいんだ。大学の仕事も多分これを以て復帰できると思うし、優明の件もやっと進められるから、頑張らないと」 長谷がおそるおそる尋ねる。 「あの、おれ、先生が大学で何教えてるか、どんなことしてるかは見学したんでザックリは知ってますけど、あれ、あくまでも業務のごく一部分ですよね多分。多分見てない、知らない部分のほうが多いんだろうなとは思ったんですけど、先生のメインの研究って、どういう事やってたんですか?おれは先生の名前で検索したら出てきたやつとか、大学のウェブサイトにあったのしか知らないです」 「うん、まあ、そうだろうね。どマイナーだけどさ、法医心理学って分野があるんだよ。おれも正直、心理学とか精神医学のとこで匙投げられて今の場所に辿り着いて、その概念を教えてもらうまで知らなくてさ。でもおれが追求したかったことは心理学と精神医学や脳科学跨ってるし、その分野とも被ってたから、うちの偉い先生は今後おれが研究執筆したり司法の場に活動広げる前提を考えて受け入れてくれたんだ。だから、その期待に応える必要があった」 教員の仕事とか剖検の作業も、共同研究とか企業との協働とかも、非常勤の監察医とかも、親の医療法人の役員も、そのための予算づくりのバイト、研究の費用を得るため、自分の生計維持のためにやってる部分が実のところ大きい。 裏稼業はそれとはまた別に、あくまでも、後ろめたくとも優明に一個人として、仕事や研究に絡まない自分の収入で、親掛かりではないカネで支援したくておれが勝手にやっていたことだ。 場を転々と変えながら、そういうあれやこれやの合間を縫って、取り組んでる人間が少ない部分にやってきたことにようやく陽の光が射したのだ。 「端的に言えば、この分野の役割は、心理学の専門知識を司法制度にどのように適用できるかなんだけど、おれが特に重要視したのは司法プロセスにおける証人の信頼性だ。自分の経験から、如何に事件に直接的に関わった事実そのものや、刑事手続きや裁判の中で参考人や証人がメンタルに負ったトラウマのケアを如何に取り除くか、ショックによる記憶の混乱を如何に解消して有用な証言にするかを追求したいと思ったんだ。その具体的な技法の実用性が科学的に証明できれば、臨床においてもPTSDの治療や記憶障害の治療にも応用できる。おれが当初着地点にしたいと思っていたその部分にリーチできるから」
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