【2020/05 営巣】

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現場となっている建物の入口に自転車を停めて、階段を駆け上がる。部屋番号を確認するまでもなく、その階の階段室の扉は開け放たれ規制線が張られており、制服私服入り混じっているものの警察官が大勢立ち会っていて物々しい雰囲気だった。 所謂お巡りさんの制服姿のがうちの管轄の交番と地域課の人間。私服姿は刑事だ。行動服で来ているのはおれしか居ない。 「すみません、鑑識到着しました」 階段室の規制線を掻い潜ってフロアに入り、指示されていた部屋の前に屯する仕立てのいいスーツの集団に頭を下げる。多分この人達は本店の人間だ。何課かはわからないけど、一課か、四課か、おそらくどっちかだ。 「ご苦労、今は署の4課が中に居る。まだ運び出してないから気をつけて、結構傷んでるから此処でマスクだけでもしてったほういいよ」 「ありがとうございます」 とりあえず医療用のカップ型N95マスクと簡易のアイガード、ニトリルグローブをつけてから中に入る。 「お疲れさまです、高輪鑑識長谷到着しました」 奥から聞き慣れた声が返ってきて、飯野さんが現れた。なんで此処に? 「おお、来たか。防護服着てくれ、納体袋はある」 「わかりました、傷んじゃってるんですか?」 「おー、だいぶきてる」 持ってきた防護服を通路で取り出して着込んでから奥に進む。居室内に入ると豪華な調度品で飾られていて、その絢爛さに目を奪われた。ぼんやり見ていると、更にその横の別な部屋から呼ぶ声がする。振り返ると更に他の部屋に通ずる通路があり、その奥の一室の扉が開いている。 「失礼します」 入ると、日当たりの良い部屋の中央のベッドの上に、息絶え、変色し既に腐敗が進んでいるご遺体があって、その傍らに膝をついて防護服姿の人が屈んで検めていた。 アレ?なんだ、おれの出る幕ないんじゃない?と思っていると、その防護服の人はこちらの気配を察して振り返った。 「お、長谷だ」 「え!先生!?」 検死していたのは、まさかの藤川先生その人だった。其の横に付いて、検死の様子を見学する。 「先生、飯野さんに呼ばれて来たんですか?」 「や、大学から要請が入ったんだけど、大学に連絡してきたの誰かまでは聞いてない」 先生は再びご遺体に目線を戻し、身体状態を細かく記録しながら言った。 「てかさあ、厄介なことにこのひと、片岡がつるんでた半グレの金主だってよ」 「金主…?ってなんですか?」 そこにウォークインクローゼットと思しき小部屋から飯野さんが出てきた。 「金主っつーのはさ、簡単に言うと悪い事して商売する人にその元手を貸し付ける悪い金貸し、自分は手を汚さず悪いやつらのタニマチして儲けてるやつらさ」 飯野さんの背後に、サテン調の艶のある黒いシャツのボタンを1つ外し、袖を丁寧に畳んで捲くって、裾を黒いスラックスにタックインしている若い男性の姿があった。教えてくれたのはその人だった。 「あ、飯野さん、これ、暑くなってきてるから傷むのは確かに少し早かったかも知れないけどさ、事件のあとだと思うよ死んだの。あと、今診た限りだと病気での急死だと思うな。残存物や液体採取したり造影系の検査やったら多分はっきりするよ。運んじゃっていい?」 「ああ、構わんよ。おい長谷、納体袋あるか」 おれは二つ返事で答え、持参した一式の中から簡易な納体袋を出す。 ベッドの上の空きスペースにスライダーとともに広げて移乗の準備していると、先生は立ち上がってイタズラを仕掛けるようにニヤニヤしながら背後の男性に近づいて声をかけた。 「てか、ふみ本当運悪いね~、せっかく疑い晴れて戻ってこれたのに第一発見者になっちゃうとかさ、また取調で缶詰じゃん。なんでこんなとこ居るかなぁ。もう先輩に連絡取った?」 「うっせーよ、もううちに関わるなって言ったろ」 切れ長の一重の涼やか、悪く言えば冷たい表情のその人が言うと、先生はこともあろうか、あっかんべーをした。そしてその人は飯野さんの肩越しに腕が伸はして先生のこめかみを小突いた。
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