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部屋に入ると先生はおれにアイスを勧め、だけど自分は手に取らず、早々に机について仕事を始めた。
積まれている書類やパソコンの画面の中はほとんどが英文だった。英語で論文読み書きするくらいだし、海外で講演依頼されるくらいだから話せるんだろうけど、どのくらい話せるんだろう。
おれは母親は外国人だし、小さい頃は日本語英語両方の簡単な言葉で話しかけられてたけど、それだけ。あとはもう全然普通に日本で日本語で公教育受けて、スポーツばっかやってあまり学力重視されない環境でずっと来てるからそんなに話せない。多分外国の方に話しかけられたら翻訳アプリ出しちゃう。
「先生、おれ、此処に居てお邪魔になりませんか」
「邪魔になりそうなら予め隣で待機してろって言ってるよ」
静かな空間に、先生が紙を捲ったり、淡々とキーボードを打つ音が響く。その合間におれが氷菓を噛む音があった。
先生はあまりに細かい文字を見るときにはリーディンググラスを掛けて、また外してはキーボードを打つ。黒縁の角張ったメガネを掛けると、先生の色っぽくて柔和な顔立ちが少し締まった印象になる。真剣に仕事している表情と相まって、とてもかっこよく見えた。
「あの、お訊きしたかったんですけど、さっき現場に居た方は知り合いなんですか?黒い…」
「あぁ、アレ?直人さんの犬」
「…犬…?」
先生が人のことそんなふうに言うということは、嫌いな人なのかな。
「直人さん撃たれたとき、警護してたのアイツだよ。あれは自分の親がら上を庇ってパクられてから直人さんの家に住み込んでる。直人さんが手元に置いて完璧に英才教育施した後釜。表向きはとか書面上じゃ会社員ってことになってるけど、傘下団体の幹部だよ」
「あの人ヤクザなんですか…なんかこう、目は鋭いけどシュッとしたかっこいい人でしたね」
先生は机上から目を離さずにニヤリと笑って「だろ?」と言った。
「そりゃ、じきに、というかもう立派に本体の実質的なあの組織の支配者だからさ、多分。アレの父親がこないだムショから出てきて建前上トップになってるけど、実質アイツが全部握ってる」
「ヤクザって、建前が多いんですね」
おれが素朴な感想を言うと、此方を向いた。
「面子と建前と義理と礼儀、それと恩と仇。それが奴らの世界。片岡は直人さんを裏切って、直人さんを殺してふみ…さっきの奴の面子を潰した。消されるのはあの世界の道理だよ」
「え、ってことは」
心がざわついて、背中に嫌な汗が滲む。
「四肢切断事件も片岡の始末つけたのも多分アイツ。でも、アイツがやったことには絶対にならない。アイツ、エスだしね」
おれは組織犯罪関係のことは簡単にしか知らない。けど、エスというのはわかる。エスは元機動隊的には特殊部隊を指す言葉だけど、刑事においては情報屋とかスパイとか内通者を指す。
「うまく下使って処理して、その情報全部予め出した上で所轄の刑事通じて本店とも取引してな…」
「そんな…そういうものなんですか?」
呆然としていると、先生が席を立って此方に向かってくる。
そして、おれの手からパピコを奪うと、自分の口に咥えての頃を全部吸ってからソファに座っているおれを抱き寄せた。
「まあ、詳しくは飯野さんに訊きな。正直ふみ、直人さんより、アレの父親よりも全然ガチでヤクザだよ。危ない橋渡った話なんかも、寝物語に何遍も聴いた」
寝物語というワードが胸に突き刺さる。
「先生は、その人と、寝たんですか」
声が震えているのが自分でもわかる。
「そうだよ、ごめん。でも、もう二度と無いよ」
そう言って先生はおれの頭を何度も優しく撫でた。
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