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あ、なんかこの流れ、前に経験したことある。
「…なんかって、なんだよ」
飯野さんが牽制するも、笹谷さんはおれの方をチラリと見て「だって長谷って、ソッチの人なんですよね?」と言い放った。
「ソッチってどっちだよ。ホモだったらなんだってのよ」
慌てておれは入って直ぐのキャビネットの上に書類を放り、笹谷さんの前に回り込んで二人の間に強引に割って入って、笹谷さんの両の肩に両手を置いて元気いっぱいに宣言する。
「大丈夫ですよ笹谷さん!おれ、男なら誰でもいいってわけじゃないんで!笹谷さんおれのタイプから全然かけ離れてますし!今先生いるのに他の人とどうこうなろうと思いませんし!」
笹谷さんはあっけにとられ、飯野さんも一瞬呆然としていた。しかし飯野さんはそのあと声にならないくらい天を仰ぎながら笑って、ひいひい息をつきながら涙を拭い拭い立ち上がり、おれを制した。
「…お前な~、ナチュラルにフルスイング失礼すなよ。このご時世にありえんくらい笹谷の発言はセクハラだけどお前のもだいぶセクハラだよ?」
「え?おれなんか失礼なこと言いました?」
おれがいまいちピンときてないのを察して飯野さんは解説してくれた。
「何の気もねえ、寧ろお前を警戒してる相手を一方的にフるとかパワープレイすぎんだろ」
「あ、そっか」
あっけにとられていた笹谷さんも、その解説でおれの無礼に気づいたのか、憤りを感じる硬い表情をしている。
しかし、飯野さんは特にだからといっておれを責めるでもなく、笹谷さんをフォローするでもない。
「そっかじゃないよ、まったくもう。で?やっぱあのホトケさん病死だったの?」
書類をよこせと手を差し出す飯野さんに、おれはキャビネットの上においた書類を取り手渡す。
「はい、それが…例の感染症にかかってたみたいで、肺がかなり。縁者の方が一応引き取りに来られたんですが、遺体の状態も状態だったこともあって、そのまま火葬場直行でお骨で持ち帰っていただくことになりました」
「なるほどなあ、ベッド横にあった直近の処方薬とかテーブルにあった診療明細パッと見だけど確かにそれっぽかったんだよなあ…カネあんのに個室に入院とかできなかったんかねえ」
飯野さんが検案書の写しや検査結果の写しに目を通す。先生が想定したとおり、造影系の検査と血液や体液の検査から明確に結果が出た。
先生は、現場で確認できた範囲で何がわかって、どういう状況を想定したのか、実際にどういう点に重点を置いて確認していたのか、検査結果の内容から何を確認したのか等、死体検案書を作る際おれに詳しく説明してくれた。
見学期間は終わったのに、なんかまた見学に行った人みたいになった。待ってる間暢気にアイスもらって食べてたし。
尚、なんでアイスなんかストックしているのかと思ったら、あのアイスは先生のゼミの学生さんが相談に来たり長時間根を詰めて作業したとき出したり、小曽川さんのご機嫌取りに出しているものだと先生は言っていた。
まあ「尤も、南は氷菓というよりかき氷が好きみたいなんだけどさ」と先生は付け足していたけど。
てか先生、殆どメールとかオンラインで遣り取りするって言ってたのに、来たら来たで学生さんの面倒見てるんだなあ。いいな、やっぱり大学行ってみたかったなって、ちょっと思ってしまった。
あ、いけない。そういえば、大事なことを言伝承ったんだった。
「それとですね、藤川先生から現場に立ち入った人は念の為検査しといたほうがいいし検査必要ならキットは用意できるから言っといてってお言伝ありました。本店の人でマスク着けてない人も居たから心配してましたよ。あと直ぐにシャワー浴びるのは現実的に難しいだろうけど、せめて手洗い消毒は徹底的にしておくようにって」
「そうか、まあ実際他の署で感染者出てるとこもあるからなあ…」
飯野さんは髪の毛を後ろに撫で付けながら溜息をついた。
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