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「わかった、あとで今日行ってた人間リストアップして送るわ。長谷はもう上戻れ。お前のあとにさっきのとこ行ってた奴らも戻ってるはずだから、それ共有して。あと結果も」
「わかりました、一旦失礼します」
部屋を出て扉を閉めると、再び飯野さんは笹谷さんにお説教しているようだった。立ち止まってそろそろと忍び足で戻り、扉の前に屈み聞き耳を立てる。
「笹谷、お前、グッチャグチャになってる現場とか人死にが出てるとこ絶対自分で行こうとしねえよな。前の所轄の人間からも申し送りあっていろいろ聞いてるけど、上はお前の専門性を買って採用したから正直扱いに困ってる。科捜研に入れなかったからいろいろ考えてコッチ来たんだろうけどさ、自分でもやっぱり違うって納得してないんじゃないの」
それに対して、笹谷さんは何も言えずに黙っている。
「なあ。せめて本店に上がりたいとか、そういう気持ちがあるんだったら今頑張っておかないと正直先がねえぞ。わかってるか?ここまではキャリア待遇で早めに試験受けて通れば階級上がるし役職当たるけど、このあとは実力だぞ。長谷はああ見えて上昇志向の強いやつだ、お前下手したらアイツに抜かれるぞこのままだと」
そこでやっと笹谷さんは口を開いた。
「…飯野さんは、長谷に肩入れしすぎじゃないですか。てか、実力じゃなくてコネなんじゃないですか結局」
「そりゃするさ、あれの父親から死に際に託されたんだから。てかコネがどうこう言うならお前のほうがコネで下駄履いてんだろが。部隊指揮とか逮捕技術とか、お前正当な基準に達してると自分で思ってるのか?はっきり言っておくが、現業にコネなんか関係ないからな?」
笹谷さん、本店の上に誰か縁者が居るのかな。てか科捜研目指してたんなら理化学系の何かしらで学業修めてる人なんだろうな。だとしたら、補助研究員で受け直すとかは考えなかったのかな。でもそれだと給料日額だし賞与ないし現実的に食っていけないか。
まあ何があったにせよ、納得できなくても、此処でやっていくって決めたからには腹括って頑張らないとならないのが現実だよなあ。
おれは再びそっと扉の前を離れて、係のあるフロアに戻った。現場出てた人にデータ渡して引き継ぎをして、仕掛りになっていた仕事をやっつけて、日勤の定時を2時間ほどすぎてようやくカタがついて退勤した。
着替えて署を出るとき、黒いキャデラック・エルドラドが停まってて、黒のポロシャツを着て金縁のサングラスを掛けたTHEイケオジというスマートな感じのおじさまが誰かを待っていた。ここバスも通るし、道が広くないのに困るよなあ…しかもこんなとこ堂々と長く駐めてたら駐禁切られちゃうんじゃないかと思ってじっと見てたら目が合った。
会釈すると微笑んで頭を下げてくれたので、近づいてその旨を伝えてみた。すると「あ~、ごめんね。なんかうちの倅が聴取終わったから迎えに来いって言われて来たんだけど出てこなくてさ、この辺りってこの車停めれそうな駐車場ってある?」フランクな感じで訊いてくる。
「こういう車が停められるかどうかわかんないんですけど、次の丁字路左に入って、直ぐの交差点右折して路地入ると何個か駐車場あった気がします。或いは暫く待たれるんだったらちょっと遠くなっちゃうんですけど、もういっそプリンスの駐車場入れさせてもらったほうがこういう大きな車だと確実かもしれませんよ」
そう言うと「それもそうかもなあ、そうするかぁ」とすんなり納得してエンジンを掛け「お兄ちゃん、ここのおまわりさん?仕事ごくろうさん。ありがとうね」と言って走り去った。
見送ったあと、なんか知ってる顔の気がするな…と思ったけど、思い出せない。モヤモヤするけど、とりあえず家路を急いだ。
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