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《第5週 火曜日 夜》
先生の家に戻ると、もう先生も既に戻って書斎で仕事していた。おれが帰宅して玄関や洗面所を往復していると、気づいて書斎から顔を出した。
「おかえり、遅かったね。やっぱ今日のアレのせい?飯は?」
「あ、それもあるんですけど、その前に仕掛りになってた仕事があってやっつけてたんです。ごはんまだ食べてないです」
先生は自分の仕事用のスマホでデリバリーのアプリを開いて「何でも好きなの頼みな。おれお腹いっぱいになると眠くて集中切れるから今日はいらない」と言っておれに投げた。
「そんなあ」
「だって事実そうなんだもん。決まったらスマホ持ってきて」
そう言うと先生はまた書斎に籠もった。おれは渋々スマホを手にリビングへ行き、ソファに鞄を置いて腰を下ろしてそのまま胡座をかく。
何でもいいとか言うならステーキとか焼肉とか注文してもいいのかな。夜は炭水化物なし肉のみって割と理想的だけど、やっぱり贅沢だ。独りだと炭水化物で済ますのが安いから、メインは麺類とかだったし。
選択してカートが表示された状態で先生の所に持っていくと、あっさり「うん、いいよ」と本当に認可された。
「ごめんなさい、実は今日ちょっと…腹が立つほどじゃないけど、ちょっとあって…でもこれでちょっと癒やされそうです」
「何、なんかあったの」
笹谷さんに言われたことを話すと、先生は「あ~」と言って意地悪い笑顔を浮かべる。
「そういうやつ居るよね~。なんでそういう奴って自分が狙ってもらえると思うんだろ、自惚れてるよね。自分高く見積もって自分に期待してるから、そういう奴に限って大した仕事できないんだよね~」
思わず吹き出してしまった。
「先生辛辣ぅ…」
声にならず肩を震わせてるおれに「当たった?当たった?」とニヤニヤしながら迫る。
「…正直、当たってます」
「はは、やっぱり?まあ、うまいもの食べて、ゆっくり風呂入ってサッサと忘れちゃいなよ。てか、前の部屋の解約とか荷物の運び出しの段取りした?」
ああ、そうだ。シフト勤務になる前に全て終わらせないと。
「今日昼休み潰れちゃったんで、明日忘れないうちにやります」
「うん、そうしな、早いほういいよ。退去時の立ち会いは代わりにおれが行くから決まったら教えて。多分長谷もう彼処行かないほうがいいよ、ジム再開して直ぐ嗅ぎつけてきたってことはいつから狙ってたかわかんないし」
そこまで先生に頼むのは気が引ける。それに…
「でも、それで先生が狙われるようになったら、それはそれでおれ嫌ですよ」
「じゃあどうしよ、うーん、やっぱユカちゃんにでも頼もうかなあ」
また知らない人の名前が出てきた。尋ねると、直人さんの家の住み込みの家政婦さんだという。先生、やっぱりまだ付き合い切るつもりがないんじゃないかという疑いを含んだ眼差しを向けてしまう。
顔に出ていたのか先生は「ふみとふみの父親はガチヤクザだからもう直接関わるのヤメだけど、一応由美子さんとユカちゃんは一般人だから」と付け加えた。
「それはそうというか、嘘ではないけど、なんか頓智とか、詭弁じゃないですか?」
「はは、なかなか追及が厳しいな、さすが刑事課だ」
扉越しに書斎の先生と廊下に立ったまま話しているうちに、デリバリーが届いた。受け取りのためリビングに戻ってエントランスの施錠を解除して、玄関を出て配達員の人から受け取る。
一旦また書斎の扉を開けてこれから食べることを伝えると先生は「はいはい、どうぞ召し上がれ。長谷はほんと嬉しそうな顔するなあ」と笑った。
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