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已む無く父親は入信し、その宗教の地域の教会ではなく大きな神殿で結婚式をした。これにより、死によって分かつことなく死後も神の国で未来永劫夫婦でいることとなり、家族もまた永遠であると聞いたという。式を挙げた段階では既におれは母親の中に居た。
しかし、その後の生活では母親は宗教の決まりに従って暮らし、おれのことも入信させた。父親はその後特に宗教の決まりを守ることなく暮らし、生活はすれ違うようになっていった。
「じゃあ、その後は殆ど仮面夫婦って状態?」
「そういうことですね、その後昇格したり刑事になったりして殆ど家に帰らないような生活でしたし、実質殆ど母子家庭みたいな状態というか。しかも勝手に自分の収入を宗教に持っていかれるわ、家に関係者が出入りするわで、やってらんなかったって言ってましたね」
「長谷が信仰に付き合わされてたことについては?」
「諦めてたって言ってましたね。でも、おれはその宗教の教えには何も教わるようなことも信じるべきものもないし、そんな活動にそれ以上付き合う理由もなかったので決まりを守ることもやめました。小学校でクラブ活動は4年生からと言われてそのときは断念したけど、友達がプロバスケットボールのユースチームに入ってて、そこに誘われたから入りたいって言ったんです」
おれは週2回のユースの練習とユースの加入条件になってるスクールの練習で週3通い、それ以外の日も早朝から家を出て校庭で練習に励み、学校の授業が終わってから更に練習。週末も。夜はそのまま一緒にバスケやってた友達の家へ行き、一緒に勉強した。
小学校入ってからずっと仲良くしてくれたその友達とそこの両親には流石に家の事情も話した。おかげで朝食と夕食を提供してもらえてた。そのまま泊めてもらうことが日常だった。
母親が何度か抗議しに来たがおばさんが突っぱねて守ってくれたし、そこのおじさんは週末には勉強や練習に付き合ってくれた。
父親はもう家から出ることについては賛成で、全面協力してくれて、そこの家におれの生活にかかってる費用とか入れてくれていた。必要なものを頼めば休みに差し入れに来てくれて、そのときに友達の親と「どうにか母親と離婚できないか」と話し合ってる時もあった。
「第二の実家じゃん」
「ほんと、そうなんですよ」
「その友達って、今も友達なの?」
「勿論ですよ。本人は選手になって海外行っちゃったですけどね」
居候の身だったけど、その、小3から中学卒業するまでの間がおそらくおれの人生の中で一番気が休まっていた時間だった。友達も、おじさんおばさんもすごく良くしてくれて嬉しかった。
でも、自分の家が安全な場所ではなくて帰る事ができないこと、自分の家族との一家団欒を味わったことがないことが寂しくなかったといえば嘘になってしまうと思う。本当なら、他所のごく普通の家族みたいに、みんなで週末出かけたり、何にも囚われずおいしいものを食べて飲んで、テレビの前で談笑したりゲームに興じたり、季節の行事を楽しんだりしたかった。
「じゃあ、これからそうしようよ。お母さんもハルくんも、多分長谷のこと好きだよ。お父さんにもそのうち会わせるしさ。みんなでどっか行ったり、お祝いしたりしようよ」
先生が言ってくれた言葉に胸の奥を突かれて、涙が溢れた。
「長谷、此処がお前の家だよ。少なくともおれが生きてるうちは、此処に居ていい。だから、ちゃんと前の部屋解約して、住所移す手続きも早く済ませな?」
おれが頷くと、先生は一旦今日は休もうと言って、起き上がって着るものを拾っておれに投げた。体を起こして、涙を拭い拭い着直す。
「ちゃんと来て寝ないと風邪ひくよ。中途半端なカッコでいたらケツが冷えたわ」
着衣を整えてから、先生はでかい嚔をして再びベッドに戻ってきておれにくっついた。
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