【1987/11 εὑρίσκω】

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《第4週 木曜日》 担当地域の警邏中、無線が入った。 「マンションの一室で呼び出しに応じないと賃貸物件管理会社から○電(110通報)、先々月より家賃の振込が途絶えており、世帯主は先月より捜索願が出されている模様、失踪または事件の可能性あり、付近のPM(警察官)は至急急行せよ」 丁度付近に居たため即急行することを伝え、到着後管理人室で鍵を借り、管理人立ち会いのもと施錠を解除した。 「こちら識別番号******、1436現着、これより室内を確認する」 悲惨な状況も考えられたため管理人には通路で待機するよう伝え、中に入る。 「小高さーん、いらっしゃいませんか」 応答はない。 入ってすぐに給湯器と洗濯機置場、洗面所兼脱衣所、ユニットバス、トイレ。誰もいない。きれいに掃除されている。 その向かいに部屋がある、ああ、此処は書斎だ。すごい量の本がある。世帯主は捜索願が出ているが、管理人が大学教員だと言ってたな。 廊下を進みぢリビングダイニング。此処もきれいだ、隣の和室は寝室か。特に異常はない。誰も居ない。 振り返ると向こうの奥がキッチンだ。…なにか腐ったような匂いがする。冷蔵庫に肉が残っている、傷んでいるが密閉されていたせいかひどい匂いではない。虫も湧いてはいない。 上から順に棚を確認するが、不審なものはない。 和室と書斎に収納があったな。 和室の収納は、主に衣類や寝具だ。此処も上から順に見たが、余計なものはなさそうだ。 本棚に、漫画の本や図鑑や通信教材が並んでいる。中学生用の問題だ、そこそこ大きい子供がいるのか。 リビングとは別にテレビとは贅沢だな…ああ、ゲーム機もあるな。ゲーム専用にしてるのか。 書斎の押入遠いな、たどり着くまで積んである本を崩さないようにしないと。 なんとか足の踏み場を探して進み、押入を開ける。 毛布やタオルケットが乱雑に積み重なっている。垢じみた匂いがする。 これは、まさか。 嫌な予感がする。 おそるおそる、一枚ずつ剥いでいく。 ああ、やはり。 酷く窶れ、衰えた脚が見えた。 足首に触れるととまだ暖かい、微弱だが脈がある、生きている。 「こちら識別番号******、書斎収納内に児童を発見、衰弱しているが体温が有り生存している模様、至急救急手配を要請する」 奥側に顔があるため、更に足の踏み場を探して部屋を分け入っていく。 引き戸をずらし、頭にかかっているものを注意深くめくり、顔を確認した。 短く浅く、弱い呼吸を繰り返して、眠っている。 見るに堪えないひどい状態なのに、それとは裏腹に安らかな顔だ。 痩けた頬に触れて声をかけた。 なんだろう まぶしい 男の人の手? お父さん? 帰ってきたの? 「ぼく、しっかり」 ああ 違う そうだよね 帰ってくるわけない 「もうすぐ助かるからね」 助かる? 助けなくていいんだよ ぼくはどこにも行かない このままここで終わりたい もう生きたくないんだよ お母さんも お父さんも もういないよ ぼくだけこの世界に残りたくない だって、残ったって これからどんなきもちでいきていけばいいの? ※εὑρίσκω:古代希臘語で「見つける」  =現在使われている「ユリイカ」(=発見)の語源
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