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《第2週 月曜日 夜》
あの二人を引き合わせたのにはそれなりの理由がある。
法医学教室なんて都内なら郊外まで含めてそれなりに数もあるし、当然頼れる宛もある。何なら監察医務院がある、別に法医学教室があるところに拘る必要すらない。もっと名も位もある人間だって居るだろう。
藤川は既に気がついている筈だ。そろそろ人払いして探りを進めている頃だろう。
そして長谷も藤川の狂気に気がついている筈。
あの二人は。
片や、愛されて育った故か恐ろしく勘のいい人たらし。
反面、欲しいものは手に入れないと気が済まないたち。
片や、この世の誰のことも、神も仏も、己さえも信じない厭世主義者。
反面、承認や賞賛にひどく飢えている。
死ねなかった代償なのか。
長谷は社会的に死ぬことが許されなかった。
藤川は物理的に死ぬことが許されなかった。
二人して、
同じような過ちを繰り返しながら、人を盾にしてうまく取り繕って生きている。コインの表と裏だ。
緩慢な自殺を、或いは不慮の事態を誘い、誰かに己を狙わせ、自らを追い詰めるような生き方。
あまりにも似すぎている。
このままいけばいつかどちらも社会的に破滅するか、心身を記憶に蝕まれて病み続け、唐突に終わるだろう。
何の因果でこんなことに。
これが宿痾というものなのか。
亡くなる数日前の生気のなくなった長谷の父親が漏らした言葉が脳裏から消えない。
「あの子おれの死をくれてやりたい」
自分が死の縁から助け上げたせいで苦しんでいるなら、死なせてやりたいと。
そうすれば、おれは倅とやり直せる、彼は死に直せると。
当然、そんな都合の良い奇跡は起きなかった。
但、何の巡り合わせか、今になって奴の倅が自分のもとに来てしまった。
その時おれには敢えて引き合わせるという最悪の選択以外、考えられなかった。
理由?そんなもの、有って無いようなものだ。
帰りの道すがら、イヤホンで音楽を聴きながら歩いていると、ふと、小曽川さんが授業の前に「今日は実習ないですよ、体力もちませんもん」と言っていたのを思い出した。
でも肩書から考えるに、普段は授業以外にも剖検したり、手続きの書面を作ったり記録を作成したり、研究したり、監察医務院に呼ばれたりしつつ、医療法人で役員なんかもしてるわけで。
実は滅茶苦茶ハードな生活なのでは。
目の下に陰というか隈というか、疲れが滲んでいるのはそのせいだろう。
それに加え、食事はしないとか、どうやって生命維持してるんだろうか。
即身仏でも目指してるようだ。
品川駅からの余裕で歩いて帰れる道程の途中で、今日一日のあれこれを思い出す。
サブリミナルのように、首筋の痕を見せる仕草、指を立てて口止めする仕草が瞼の裏にちらつく。徐々に、冷静に淡々と歩くのが無理になってきて、ウェブから自宅最寄り駅の前にあるビジネスホテルを予約した。
チェックインして部屋に入り、ウェブサイトから今日の出勤キャストを確認し、LINEで『店』に連絡を入れる。ホテル名と部屋番号、希望のキャストとプレイスタイル、プランを伝えると、10分ほどして料金と到着予定時刻、プレイ時間の案内が返ってきた。
そのついでに、馴染みの受付スタッフから「お世話になっておりますシノです。今回は普段とは違う趣向でのご利用のようですが、お楽しみいただけましたら幸いです。ご感想お待ちしております。」とメッセージが届いた。
いつもと違う名前で連絡したが、アカウントの表示名で「いつものあの人」と認識されているのか、バレていた。今日の受付がシノさんだとわかってたら…完全に無駄な足掻きだった。勝手に恥ずかしくなった。
シノさんは電話でも何度か話したことがある、声が若くやさしい話し方をする人。有名コーヒーチェーンで店舗責任者だったとブログに書いていたことがあるだけに、親切に対応してくれる人だ。
彼が悪いんじゃない。突然全く趣向の異なるキャストとプランを希望して、それをわざわざ誤魔化そうとして、馴染みの受付さんにバレて、勝手に恥ずかしくなっただけで。却って気を遣わせてしまったようで申し訳ない。
数駅離れたところから呼んだのでまだ少し時間がある。
到着までエアコンと加湿器を起動して、スーツを脱いでクローゼットに掛け、風呂に湯を張りながらシャワーを浴びる。
目を閉じるとまた、最後に見たあの、口元に指を立てて暗い光が宿った目で薄く微笑む顔が焼き付いたままで、消えない。
そして同時に、最初に会った瞬間「あれ?こんな顔だったっけ」と感じたのを思い出す。
ああ、そうだった。風呂場を出たらもう一度確認しないと。
そう思ったら落ち着かなくなって、局部以外の洗浄は手早く済ませ、風呂場を出た。
濡れた髪をタオルで乱暴に拭きながら、スマートフォンのブラウザを開く。ブックマークしていた大学のウェブサイトを確認すると、予想は当たっていた。
今よりも、二重の幅が狭く角度がついている。
今よりも、口角が少し長い。
今よりも、オトガイが少し引いてる。
今と唇の厚みが、輪郭の明瞭さが違う。
そして髪型が変わっているのがイメージの変異に及ぼしている影響が大きい。
ストレートのツーブロックが、パーマヘアになり、生え方に逆らうように作られていた分け目が無くなっている。
あれはかなり前の写真なんだろうか。大学のウェブサイトに載せるのであれば直近の昨年度後期くらいの写真が良さそうなのに。
ぼんやり見つめていると、ドアを軽く二回ノックするのが聞こえた。
取り急ぎ備え付けのバスローブを羽織って迎えに出る。
「フジカワ様でお間違えないでしょうか」
「うん、思ったより早かったね。どうぞ入って」
嘘。
こういうことするとき本名出すとまずい職業なのは重々わかっている。
それより、よりによってその名前を使うか、なあ自分よ。最低か。
「120分とお聞きしてます、先にお代よろしいでしょうか」
「テーブルに置いてあるよ、お釣りは要らないからもらって」
暗黙の了解を理解できるか試す。それなりのプレイをするが、乗るかという確認だ。
店が許容した以上のプレイはしないのであれば釣りを返せばいい。
タイマーや携帯電話をそのまま代金の上に置けば、交渉は成立だ。
「ありがとうございます、シャワーお借りします」
紙幣の上にアラームをセットしたスマートフォンを置いて、キャストが風呂場に向かう。
顔立ちの好みは余程かけ離れてなければどうでもいい。
体の問題だから、体が要望どおりで、匂いが嫌じゃなければ、まあ大抵大丈夫。
あとは、暗黙の了解を読み取れるか、脳内妄想を共有できるか、互いのフェチズムをどこまで許容できるか。
完全に初めて呼ぶキャストの場合は運だ。見た目がどうあれ、嗜好や内心までは実際に肌を合わせるまでわからない。
風呂場を出たキャストの背中を見るとあまり濡れていない。浴槽には浸からなかったようだ。おれと同じように最低限で済ませたんだろう。
骨格や肉付きはかなり近いが、先生はもっと、脱力した立ち姿で、うなじから肩から腰までのラインがカーヴィーだった気がする。
頸はもっと細くてやや長くて、白衣の裾から延びている脚も細くて真っ直ぐで、少し押さえたら折れてしまいそうだった。
そんな窶れた躰で、痕を残すような相手を、職場の自分の部屋に引き込んで、挙句気づいたおれに口止めを?
今日出会ったばかりなら、こちらからその痕について言及がない限り、しらばっくれていれば済むことなのに、何故。
気がつくと、キャストがタオルを軽く下腹部にかけた状態でベッドに腰掛けて、こちらを見上げている。
「照明、完全に消してもいいかな」
「あ、どうぞ、おまかせします」
枕元のスイッチを全て消すと、部屋が闇に埋もれ、室内の音が途切れた。
爪先で探りながらベッドに近づく。手を伸ばし、触れた髪の毛を撫で下ろすようにして頬に触れ、親指で唇の位置を探った。そのまま下唇を指でそっと開かせる。
熱帯びた肉塊を口元に押し当てると温かいしっとりしたものが、意思を持った生き物のように先端を這い回り、やがて包むようにして濡れた空間に引き込んだ。
おれの腰に手をかけ、上顎のざらつきに擦り付けながら喉にギリギリ当たらないところまで引き込んでは舌でなぞりながら引き抜く。繰り返されるうち局部が脈打ちながら屹立していく。
それを見抜いてキャストはそっと口を離し、手で上向きになった先端を体のほうに押し上げ、根本から筋張った部分を顔を傾けて往復するようにずるりと舐めたうえ、膨らみを増した先端との間の溝を執拗に舌先で擽る。
動きを妨げない程度、頭に手を添えてそっと撫でた。
片脚をベッドに上げると、キャストは足元に音もなく跪き、股下に下がっている丸い実を口に含み弄ぶ。更にはその奥に舌を伸ばそうとしたので、それは制した。今日はそっちはいいんだ。
制するため再びキャストの頭に手を触れたとき、先生の髪の毛はもっと柔らかそうに見えたのを思い出した。名刺を受け渡しするため近づいたとき、先生の頭が顎のあたりにあって、整髪料などに含まれるような香料とはまた別の、いい匂いがしていた。
キャストを再びベッドに座らせ、そのまま後ろに押し倒して傍らに膝をついて、上から顔を寄せる。整髪料の匂いなのか、ふわりと甘い匂いがする。
耳元に唇を寄せ、軟骨のカーブを下の犬歯でなそり、舌先を内側の溝に這わせると小さく震えた。耳朶の下から首筋に僅かに伸びた髭が当たると甘く息を漏らすのが聞こえた。
先生の首筋に残っていた赤紫の痕は丁度その辺りだった。きつく吸ってしまわないよう注意をはらいながら、甘噛みしてみると、キャストがふふ、と笑っておれの頭を愛おしげに抱えるようにして撫でる。
手にちゃんと力が込もっているのがわかる。先生のあの手だと、もっと柔い感触で、力なく撫でてくれるのだろうか。
徐々に夜目が利いてきて、暗さに慣れてうすぼんやりと周りが見え始めた。
敢えて目を閉じて、感触を頼りに脇腹から順に、腹斜筋のラインまでを指を立てて繰り返しそろそろと擽る。胸元のあまり目立たない小さな突起を舌の先が僅かに触れる程度乗せて転がすと、息が熱く、荒くなっていく。息づいたキャストの陰部が肌に当たった。
先生は誰に、どんなふうに抱かれていたんだろう。おれがどういうふうにしたら先生は受け容れてくれるんだろう。あの小さく細く体で、どんな表情で、おれに抱かれるんだろう。スンと清ましたきれいな顔が、快楽に蕩かされてしどけなく緩み、乱れるのが見たい。
「ごめん、いい?」
このまま思い返していると抑えが効かなくなりそうだったので、早々にキャストの腰を持ち上げて、枕を下に入れてタオルを掛けた。枕の上に腰を下ろして双丘の合間に指をかけて開くのを、小さな声でやさしく「いいよ」と答えるのを確認して、足元のビジネスリュックのポケットからラミネートチューブに入ったローションとコンドームを出した。
包装の口を切って取り出し、先端に被せて巻き下ろす。その上からヒヤリとした感触のゆるやかな粘度をもった半固体の液体を垂らし、全体に拡げた。窪みに押し当てると慣れた様子で口が開き、中にずぶりと沈んでいく。
「あ、ちょっとキツイかも」
だろうな、と思った。本当ならもっとちゃんと慣らさないと入らない。キャストはじわりと汗をかいている。
「痛い?いいよ、無理だったら抜くからすぐ言って」
「大丈夫、少しこのままにしてくれたらなんとか」
こういうときは、大きく口からゆっくり繰り返し息を吐いて力を逃すと入る。そのリズムに合わせて、ゆっくりと挿入していく。全ては収まりきらない。突き当りで止まったあと、動かさず汗ばんだキャストの肌をもう一枚のタオルをとって拭った。
そりゃあそうだ。いつもなら自分と体格差や体力差のあまりない、タチウケどちらもできる、多少の無茶がきく相手ばかり指名しているのだ。自分より小柄で華奢なキャストを呼んだ事自体が初めてだ。
先生に逢わなければ、発生し得なかった選択肢。
キャストが腕を首に回し、引き寄せるのを合図に、前傾姿勢になって腰を動かす。抜き差しする濡れた音と、突き当りの肉壁を打つややこもった音、互いの荒い息遣いと呻くように喘ぐ声が響く。
自ら腰を振って強くおれを引き寄せてしがみついて喘ぐ様子からは苦痛さはもう感じられなかった。何も考えず、後頭部に腕を差し入れ肩を包むように抱き寄せて、夢中で腰を振った。
脳内でキャストの顔が、先生に置き換わる。あの穏やかで冷静な口ぶりが崩れて、こんなふうに熱っぽい息を吐きながら、甘い声でおれの腕の中で喘いだら。背中に力なく爪を立てながら、より深く突かれたがって腰を振っていたら。
欲望が身体に転移して、動きを止めないおれに縋り、キャストが嬌声に近い声で鳴く。
これまで感じたことのないほどの快楽が突き抜け、自分より早くに達しビクビクと震えながら腹部に吐精しているその体内で、射精した。
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