世界が止まった日

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世界が止まった日

  ――カーン! カラカラカラカラ…… その音で、青空が消えた。光が消えた。 2本のコーヒーが転がった。 目の前の笑顔が床に沈んだ。哲平の頭が止まった。 みんなが駆け寄っていた、あの横たわった者へ。 部長が 「救急車!!!!」 と怒鳴った。 花とジェイが 「千枝さん!」 「千枝さん!」 と叫んだ。 一瞬千枝の目が開いた。 ほんのちょっと微笑んで自分に手を伸ばしてきた。 ――なんだ、転んだだけか。脅かすなよ、千枝。 しょうがないなぁと手を差し出した、千枝を引っ張り起こすために。 けれど、その手を掴む前に千枝の手は落ちた。 みんなが総立ちで、叫んで、千枝を取り囲み、哲平を見上げ、次第にそれが泣き声に変わって行った。 気がつくと部長が自分を抱きしめて肩を震わせていた。 花が、ジェイが、三途さんが、広岡が、池沢課長が、野瀬が、みんなが、みんなが、みんなが…… 涙が出ない。 感じない。 だからきっと悲しくはない。 ――なんでもないよな? どうってことないよな? だって俺たち離れないって結婚式で誓ったんだからさ ただ、千枝の体を抱いていた。 救急隊員の話しかける声は聞こえなかった。 ただ、千枝を離してはいけない と思った。 いつまでも一緒にいるのだから。 子どもは10人だ。 帰れば実家で和愛(かずえ)が待っている。 いつも両親揃って迎えに行く。 2歳の和愛は、抱っこ! と千枝に手を伸ばすから千枝は帰らなくちゃいけない、自分と一緒に。 いつの間にか呟いていた。 『帰んないと……千枝、帰んないと。和愛が待ってるから、今日はコロッケとキャベツの千切りだけでいい。さっさと買い物を済ませて帰ろう。和愛のところに帰ろう……』 なにもかも過去形の夢の世界。 その中で哲平は一人、ぽつんといる。 遠くに見えているのは手の届かないあの日だ。 花の声が遠くから聞こえる。自分をこの夢から連れ出そうとする声。  哲平さん! 哲平さん! 哲平さん…… 部長の声が聞こえる  哲平!  哲平!  哲平! ――うるさい ――今、千枝を抱いてるんだ ――手を離しちゃいけないんだ そしてなにも抱いていない自分に気づく。 狂ったような叫び声が聞こえる。 その声が自分の喉から出ているとは知らず。  
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