狂った日々

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   最初の頃は大変だった。彦助と勝子が病院に連れて行こうとすると、怒鳴る、暴れる。目に浮かぶのは絶望…… 次に訪れたのは無気力。両親だけでは無理で、花や部長が付き添った。  自分の状態を自分で説明することなど無理だった。問診に答えられることがなにもない。名前も住所もまるで呆けたように言わなかった。  狂ったのではないと聞いた。そうではなく、自分が自分を追い詰めているのだと。悪いことを自分に原因がある思うことで、なんとか保っている。それを止めようとする者を敵対視してしまうのだと。 「統合失調症。聞いたことはあるでしょう。精神疾患の一つです。決して特殊な病気というわけでは無く、100人に1人かかると言われています。原因は様々ですが、宇野さんの場合ははっきりしていますね。奥さまが亡くなられたショックによるストレスです」  そこまで聞いた時点ではそれほど心配しなくていいのかと皆考えた。100人に1人なのだから。きっと治療を受ければすぐに治るのだろうと。 「症状には陽性、陰性とあります。交互に現れる時もあれば偏ることもあります。陽性の特徴は幻覚、妄想です。無いはずのものが見え、聞こえないはずの声を聞く。意識が混乱する。監視されているとか、命令を受けているとかそういったものです。陰性の特徴は感情の鈍麻、意欲や気力の欠如、会話が極端に減るなど。鈍麻というのは、感情表現を上手くできなくなるということです」  それが息子の身に起きているなど、実感が湧かない。そうなるはずがない。 「見込みは? 先生、哲平はどうなりますか? 治りますよね!?」  勝子は必死だった。あんな哲平を見たことが無い。いつも軽くて陽気で、けれど涙もろくとても優しい息子だ。 「通院ではこれ以上無理でしょう。ご家族がなんとかできる状態じゃない。入院が一番いいと思います。定期的な薬の服用も自宅ではきっと難しい。入院は自閉になりがちですが、ご家族、ご友人と連携プレーで当たりたいと思います」  彦助も呆然としていた。今の哲平の姿がどうしても信じられない。 『父ちゃん、飲もうよ』  たまに来て酒を酌み交わし、別室では娘たちと千枝が和愛を構ってわいわいと賑やかだった。  哲平は日々の話を面白おかしく聞かせてくれる。何度涙を流して笑ったことか。 「なおり、ますか?」  妻と同じ。聞けたのそれだけ。他に何を聞けばいいのか思い浮かばない。 「焦らないことです。薬物療法とリハビリテーションが中心になりますが、何よりも皆さんの助けが必要です。彼の望むことを否定しないでください。時には暴言も吐くでしょう。苦しむあまりに悲観的なことを言うかもしれません。鵜呑みにしないことです。ただ、元気になれとは言わないでください」  花と部長は哲平の身内と一緒に話を聞くことが出来た。それは宇野家、堂本家の計らいによるものだ。  千枝の両親の苦しみは大きかったが、それでも哲平までも失うわけにはいかないと病院に何度か来てくれた。だが2人を見ると泣いて自分を傷つけようとするその姿に、訪ねるのをやめた。  宇野の家に泊まって和愛の面倒を見る。それだけが今は千枝との繋がりを確かなものにしてくれる。 「哲平さん…… 早く治ってほしい……」  勝子と多枝子は抱き合って泣いた。泣いても泣いても涙が溢れた。  
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