家族、そして母 ~高校入学から逮捕、母の病気~

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これから行く少年院という施設は、更生施設である。 僕は中等長期少年院送致という処分で、約10カ月半ここで生活することになる。 まず少年院に着くと身体検査と手荷物検査があるのだが、鑑別所と違う所は髪を切られて丸刈りにされる。 衛生面やこれからの生活でのこともあるのだろうが、男ばかりで生活する少年院で髪を伸ばす必要もないし、僕は特に気にすることもなかった。 そんなことよりもこれからの生活だ。 鑑別所と違い規則が厳しいと聞いており、生活していくのがきついと言われる。 僕は不安の中、少年院生活が始まった。 少年院には階級があり、最初の1カ月は2級上という階級が与えられる。 進級していくごとに出院が近づいていき、逆に進級できないと出院することができない。 この2級上では、導入訓練といってこれから先に少年院で生活していく上で必要な行動訓練や規則を学ぶことになる。 僕の少年院ではこの期間単独室で生活し、訓練の時だけ部屋から出され、体育館や運動場、教室で導入訓練を受ける。 最初はものすごくきつく感じた。 自衛隊のような行動訓練。 手足が揃わなかったり間違えると罵声を浴び、これまでに経験したことのないくらい怒られる。 言葉遣いなどもこの時に正され、初めて少年院に入った人はここで今からの生活を覚悟することになる。 だが、時間が経ちそれも少しずつ慣れてきていつしか当たり前にできるようになってくる。 食事も麦飯に汁物、おかずと量も多く意外に豪勢で不満はない。 朝7時起床で夜9時就寝と睡眠時間も長いのだが、やるべきことが多くて身体的にも精神的にも疲れ果て、余暇の時間も日記記入や夜8時から50分間テレビ視聴の時間もあったりと1日が終わるのがとても早く感じる。 そして、この1カ月が終わると中間期と言われ、2級下で3カ月、1級上で3か月過ごすことになる。 この中間期の半年が少年院で過ごす1番の更生する時間であり、ここから集団寮で多人数で生活をすることになっていき、職業訓練の実科も割り振られる。 僕は介護科で、ホームヘルパーの実技や知識を学ばせてもらった。 普段の寮生活では、基本的に私語は厳禁。 少年院の規則の元で生活をしなくてはならない。 規則を破ると重い罰を与えられ、進級を見送られたりと出院が伸びることもある。 だがこの規則を守る、という面では特に苦痛に思ったことはない。 約1年近い時間を過ごすことは嫌ではあったが、それは自業自得であり、何よりどうあがいても途中で外に出ることはできない。 そんなことよりも、1日でも早く出て母に、家族に安心してもらえる自分を作っていこう。 そう思っていた。 そして、少年院では面会に家族全員で来てくれていたからだ。 最初に面会に来てくれたのは母だった。 少年院に入ってまだ数日しか経っていない頃。 鑑別所と違い、少年院での面会は時間が少しだけ長く約30分程度ある。 だが、原則として月に1回しかできない。 最初の面会は今後社会に出てからの話というよりも、少年院での生活がどんなものかを話した。 そこで、母は面会に祖父母たちも来れることを立ち合いの先生(少年院でも鑑別所と同様に教官のことを先生と呼ぶ)に聞いて理解する。 それからは面会に祖父母まで来てくれるようになった。 そして何より、僕はこの月に1度の面会が楽しみだった。 母に会える。 みんなに会える。 それだけでまた頑張ろうと思う。 そして、数回重ねる内に面会の中で家族とのお決まりの流れができた。 面会には毎回、父母、母方の爺ちゃんと婆ちゃん、父方のおばあちゃんの5人が来てくれる(母方の祖父母は爺ちゃん婆ちゃん、父方の祖母はおばあちゃん)。 父は決まってほとんど話さない。 みんなが話したいだろうと、黙って話を聞いている。 大体喋るのは爺ちゃんとおばあちゃんだ。 その間に母も話に加わってくる。 母は自分が話したくてもみんなで話せるように雰囲気を作ってくれ、みんなで楽しく笑いながら会話をする。 正直これからの話をするもあったが、それよりも他愛のない話が多く、僕はその時だけ家に戻ってきた気持ちになっていた。 だが、楽しい時間こそあっという間。 30分の時間はすぐに訪れ、面会も終了になる。 その間、母や爺ちゃんは婆ちゃんにも話させてあげようと話を振るが、婆ちゃんは物静かで恥ずかしがり屋。 こういう場では話すことがあまりできない。 微笑みながら話を聞いていた。 面会が終了の時間になると、決まって爺ちゃんが立ち上がり僕に笑顔で握手を求めてくる。 「頑張ってね」という旨の言葉を僕に言い、それからおばあちゃんも立ち上がり、私にも握手をさせてほしいと僕に握手する。 続いて母も僕の元へ握手をしに来る。 だが婆ちゃんは来ない。 そこで爺ちゃんと母が婆ちゃんに握手を促す。 「ほら、婆ちゃんも握手せんね。一緒に行こう。」 2人が背中を押すと、婆ちゃんは照れながら立ち上がり、僕と握手を交わしてそこでやっと初めて言葉を交わす。 「頑張ってね。」 微笑みながら優しい言葉をかけてもらうと、毎回逮捕された時の婆ちゃんの姿を思い出して涙が出そうになっていた。 そこで面会が終了する。 みんなが退出する際、僕に笑顔で手を振ってくれ、僕もそれに応えるように笑って手を振り返す。 立ち合いの先生と二人になると、僕はそのまま寮へと戻っていく。 面会が終わる度に思っていた。 僕がこんなになっても家族は僕を信じてくれ、愛してくれている。 絶対に更生してみせる。 みんなと別れて寂しい気持ちになりながら、また次の面会の日が来るのを楽しみに励みにして毎日の生活を送っていった。 そして、半年は長いと思っていたが、経ってしまえばあっという間だ。 中間期を終え、僕は1級上へと進級し、最後の出院準備の期間へと突入する。 1級上の期間は3カ月半。 僕は真面目に生活し、高い評価を貰えたことで中間期を半月早く終えることができていた。 出院まで後少し。 半月短くなったことを早く家族に伝えたい。 出院準備に進級できたことを早く言いたい。 きっと喜んでくれるだろう。 面会の日が来るのをまだかまだかと楽しみに待っていた。 そして、待ちに待った面会の日が訪れた。 みんなどんな顔をするだろう。 楽しみにして面会室で先に待機していた。 そして扉が開く。 だが、そこには父の姿しかなかった。
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