家族、そして母 ~母の闘病生活、ありがとう~

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それから数時間が経った。 僕と父は主治医さんに呼ばれ、話を聞いた。 「とりあえず今は大丈夫です。正直、今回はこうなることを分かっていながら退院を許しました。たった3日間でしたけど、帰りたい家に戻れたことは良かったと思います。ですが、もう退院することは難しいでしょう」 この主治医さんの言葉に捉え方は様々かもしれない。 母に長生きしてもらいたい。 その気持ちは当然ながら僕たちはある。 だが、無理して長生きするよりも、1日でも幸せな日を多く過ごしてもらいたい。 母が少しでも家に戻れたことは今でも感謝しかない。 母はそのまま病室へと運ばれ、僕と父は母の元へと向かった。 目を瞑り眠っている。 時刻はもう夜中の12時を回っており、明日仕事の父は帰宅させ、僕だけ1人病院に残った。 それから数時間経ち、母の顔を見ながらいろんなことを考えていると、ふと目を覚ました。 僕はそれに気付き、母に話しかける。 「まだ寝てていいよ。大丈夫?」 母はうっすらと目を開けたまま頷く。 そして、僕に話しかけてきた。 「長男は?」 夢を見ていたのだろうか。 急に長男のことを訪ねてきた。 「長男は東京にいるよ。会いたい?」 母は周りを見渡しながら長男が居ないことに気付く。 するとそのまま話し続けた。 「会いたい。お母さんね………、長男の結婚式に出たいと。やけん頑張って元気になる。ご飯も食べて病気治して絶対長男の結婚式出る。絶対頑張る」 母の言葉に思わず涙が出そうになった。 ずっとずっと楽しみにしているのだろう。 「大丈夫。母ちゃんは元気になれるから。長男の結婚式には出られるよ」 僕がそう言い、2人で話していると看護婦さんが病室へと点滴の交換に入ってきた。 「屋梨さん、大丈夫ですか?そろそろ朝ご飯の時間やけど食べれる?無理はせんでいいからね」 看護婦さんがそう聞いてきた。 いつの間にかもう夜が明け始めている。 「食べます。持ってきてください」 母がそう言うと、お粥と汁物、ふりかけが運ばれてきて、それを少しずつだが食べ始めた。 本当はお腹が空いているはずがない。 現に母は僕が口元に運ぶご飯が進まない。 だが母は少しでも一生懸命に食べようとする。 そしてなんと食事を全て平らげ、そのまま疲れたように眠りに付いた。 それからの日々は、父と次男、僕、弟で交代で母の特別病室へ寝泊まりをすることになった。 この頃はみんな病室から仕事へと通っている。 母が眠りに付く中、病院の丸椅子で兄弟で話したり寝たりする日が続いた。 そして、この病院の対応は寛大だった。 母はよく音楽を聴いていた。 ラジカセで新沼謙治さんのCDを小音量で流させてもらい、目を瞑りながら小さく口ずさんだりもしていた。 そして、ある日、僕たちが病室にいた夜中のこと。 弟と2人で丸椅子に座り母のそばに居ると、看護婦さんが急に病室へと入ってきた。 2人掛かりで待合室のソファーを持って病室に運んできている姿が目に入る。 「良かったらこれ使ってください」 優しい笑顔だった。 僕たちは頭を下げ、そのソファーを使わせてもらった。 「ソファーはたくさんあるんでずっとここに置いててもらっていいんで。疲れるでしょうから横になって休まれて下さい」 毎日泊りで病室に誰かいる状態。 迷惑だったに違いない。 だが、そんなことは一切口にも態度にも出さなかった。 お陰で少しでも母と長く一緒にいることができた。 僕たちは今でも感謝しかない。 そして、母の闘病生活から約3週間が経った。 もうこの頃は母は幻覚が酷くなり暴言も吐くような状態。 だが、幻覚が覚めた時には何事もなかったかのように、夢を見ていたかのようにいつも通りの母に戻る。 僕たちにも母の限界が目に見えて分かっていた。 そしてある日、仕事帰りに父から着信がある。 「お母さんが危篤らしく、もうどうなってもおかしくない状態らしい。今は見た感じ特に何も変わりはないけど、一旦家族で集まろうと思ってるけど今から病院に来れるか?」 その父の言葉で僕はすぐに病院へと向かった。 病室を開けると、すでに3人の姿があった。 そのまま待合室に行き、4人で話す。 こういう時に話を進めるのは父だ。 「お母さんのこれからのことだけど……、病院の方から何かあった時に延命をするかを今日の内に決めてくれとのことだった。けど、延命をすることはお母さんにとってきついことになるらしい。みんなと話した上でそれを決めようと思う」 僕はそれを聞いて少しだけ考えて答えた。 「俺は延命はせん方がいいと思う。母ちゃんがきついなら自然のままがいいと思う」 すると次男が僕の返答に答えた。 「良かった。敏日旅がそう言ってくれて。みんなそうやって言ってたところやった」 そして弟も続けて話す。 「爺ちゃんも婆ちゃんもそう言ってくれると思う」 家族みんなの意見が一致したことで、延命はしないことに決まった。 だが、僕の中で気がかりなことがあった。 「長男はこのこと知っとると?」 母は長男の結婚式を楽しみにしていた。 そして、ずっと会いたいと言い続けていた。 だが、母のことを長男には詳しくは伝えていなかった。 「いや、長男は知らない。関東に居るし病院が危篤って言いよるけど、今の感じじゃ明日どうかなる風にも見えないし、余計な心配をかけたくないからまだ言っていない」 父がそう言った。 僕は悩んだ。 長男にも言っておくべきじゃないかと。 母が会いたがっていたのもそうだが、長男の気持ちを考えると後悔させたくなかった。 「みんなはどう思う?あいつに言っちゃだめやか?」 僕がそう言うと、弟がすかさず答えた。 「そこは敏ちゃんに任せるよ。お母さんがどっちに転んでも敏ちゃんのせいじゃないし、お兄ちゃんも言ってほしいと思う。多分、敏ちゃんが言いたいと思うなら言ってあげた方がいいよ」 僕は弟の言葉を聞いてすぐに長男に電話した。 長男に母の容態について伝え、「わざわざ連絡くれてありがとう」という旨を言われたのち、電話を切った。 すぐに帰って来れるかは分からない。 だが、心配するとかどうとかよりも、事実を知った上で長男にも決断してもらいたかった。 音楽活動をして、少しだけ芽が出たことで東京へと夢を抱いて出ていった長男。 母は何度もライブに足を運び、活躍する姿を応援していた。 地元のラジオで放送された時なんかは、ずっとラジオの前で座り込んで家族みんなで聞いたほどだ。 当時僕は誇りに思いながらも、思春期で特に暴走族の総長もしていたことから家族総出で長男を応援するのが何か恥ずかしかった。 今思えば素直に母と応援してればよかったと思う。 長男の存在は母にとっては夢であり誇りであった。 長男と電話を切った後、今後のことを4人で話した。 これから長丁場になるかもしれない。 そのことを踏まえ、その日は父と次男で病院に泊まることになり、僕と弟は実家へと帰った。 そして翌朝。 父から僕の携帯に電話が鳴った。
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