プロローグ

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プロローグ

2019年8月 僕は今、山口県下関市のとある公園に居る。 夏真っ盛りの公園。 体中汗だくになり、自然と独り言が出る。 「暑い…」 「お腹が空いた…」 「風呂に入りたい…」 僕は現在ホームレスだ。 2019年7月31日、いろんなことがあり家を飛び出した。 いろんなことと言っても大きな要因は「借金」だ。 だが、他にもたくさんの理由がある。 僕はホームレスになる前は自営業をやっていた。 名前は「屋梨敏日旅」。 福岡県にある田舎の町で生まれ育った。 僕は小さいながらもバーを営み、左官という建設業でも自営で仕事をしていた。 2019年現在で32歳になるのだが、26歳の頃から自営を始めているのでかれこれ6年の年月が経つ。 借金はこの自営業でも最終的には作ってしまう形になってしまったのだが、他にもたくさんの原因があった。 中には反社会的勢力とのトラブルもある。 いろんな試行錯誤の元で何とか乗り切ってきたのだが、最終的には仕事のお金すら払えなくなってしまった。 消費者金融からもお金を借り、友人知人からもお金を借り、それでも追いつかず滞納、未払い、そして借りたお金すら返すことができなくなり、全て借金として残っていた。 いくら仕事をしてもお金が回らない。 入ってくるお金よりも出ていくお金の方が多い。 返済の電話が鳴るが、最初は言い訳を考え嘘を付き待ってもらう。 だが、当然皆もバカじゃないので、何度も同じ嘘は通用しない。 少しずつ信用を無くしていき、僕はただのクズへと成り下がっていった。 何をしても空回り。 僕はどん底へと落ちていく中、生まれて初めて本気で死ぬことも考えた。 元々臆病者の僕。 死を考えるだけで怖かった僕が、死ぬことに恐怖すら感じない。 自然と「自殺」というワードでネットを検索する。 一度だけだが、一人で車で山に登り死ぬことを試みたこともあった。 どうやったら簡単に死ねるだろう? 「死」という恐怖が、僕にとって「快楽」への道ではないかと考えるようにさえなっていた。 だが結局、僕は死ぬことはできなかった。 それは、大好きな「家族」が居たからだった。 僕は結婚はしていない。 だから当然ながら奥さんと呼べる人はいないし、自分の子供もいない。 だが、僕には父、そしておばあちゃんが居た。 「死のう」 そう思った時、優しい二人の笑顔が頭によぎる。 今僕が死んだら、二人は絶対に悲しむ。 じゃあ僕はどうすればいいのか? 答えを見つけることができなかった。 そして、時は2019年7月31日。 僕は実家を飛び出した。 出ていく時、最後まで優しいおばあちゃんの顔が今でも頭によぎってくる。 「もう2度と会えんかもしれん。ばあちゃんはいつまでも元気でおってね。ごめん、本当にごめん。」 我を忘れるように泣きじゃくる僕に、おばあちゃんはこう言った。 「敏ちゃんは何も悪くないんだよ。泣かなくていいんだよ。大丈夫だよ。いつまでも元気で頑張らんね。おばあちゃんはね、敏ちゃんが元気でいれることをずっと祈ってるから。毎朝、おばあちゃんは敏ちゃんのお母さんにお願いしてるの。敏ちゃんがいつも元気でいれるようにお願いしますって。お母さんも見守ってくれてるんだよ。おばあちゃんも今年で90歳になるけど、また敏ちゃんが元気で帰ってきて会える時まで待ってるから。」 なぜ僕が今家を飛び出そうとしているのか、何も知らないおばあちゃん。 おばあちゃんの優しい言葉、優しい笑顔を見ると涙が止まらない。 絶対にもう一度元気な顔を見せる。 立派になって立ち直った自分の姿をおばあちゃんに見せる。 そう心に誓い、僕は家を飛び出した。 とりあえず九州を出よう。 その考えの元にたどり着いたのが、現在ホームレス生活をしている山口県下関市だった。 本当はもっと遠くまで行きたかった。 だが、借金を背負っている僕の手元にあるお金は極わずか。 これ以上遠くまで行くお金も無い。 電車やバスを乗り継ぎ、何とかたどり着いた時にはすでに日が暮れ始めていた。 お腹が空いているかと言われればそうでもない。 というか、食事をする気にすらならない。 急に僕がいなくなったことで迷惑を掛けてしまった人たちもいる。 考えるだけで頭がいっぱいになり、不安な気持ちになる。 僕は気を紛らわすために駅前のスーパーで缶ビールを何本か買い、1本だけ一気に飲み干し、今日の寝床を探すことにした。 当然選択肢はただ一つ、「野宿」だ。 そうは思うものの、いざその時になるとどこで寝ればいいか分からない。 特に真夏の下関。 外は蒸し暑く、蚊も多い。 その中で、少しでも寝心地の良い場所を探す。 駅前のベンチや、周囲の公園を探索していると、人通りがそう多くない公園を見つけ、寝心地の良さそうな大きな滑り台を見つける。 今日はこの滑り台で一夜を過ごそう。 最小限の衣類を詰め込んだリュックサックを枕にし横たわる。 その頃にはもう日は暮れ、時刻も夜9時を回っていた。 やはり初めての野宿はなかなか寝付けることができず、リュックからぬるくなった缶ビールを1本取り出し、乾いた喉を潤す。 空を見上げると、今日1日の出来事を思い返す。 今、僕がいなくなったことで周りの人間は騒いでいるだろう。 父の元にも必ず僕のことで連絡がいくはず。 大丈夫だろうか。 父が心配になり胸が一杯になりながら、満点の星空の下で目を瞑り、頭の中を整理していた。 そして、その中でこれまで生きてきた32年間のことが頭の中に次々とよぎってくる。 最近のことから、幼少期のこと。 こうなってしまった自分の人生を振り返らずとも、自然にどんどん記憶をたどってよみがえってくる。 亡くなった母は、僕がこうなってしまったことを天からどう見ているだろうか。 優しかった母。 心配性だった母。 強かった母。 これまで母のことをゆっくり思い返す時間すら今までなかった。 いつ以来だろうか。 母のことを思い出し、母の存在について考えたのは。
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