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「ごめんね」
私は、母のことが嫌いだ。
「ねえ、美優。今日も学校に……」
「うるさい……っ! お母さんにはもう関係ないでしょ?!」
そう返せば、母はただ「ごめんね」と悲しそうに笑う。
どうして謝るの? なんで笑うの? もっと、私を睨みつけて叱ればいいのに。
私は、母のそういうところも嫌いだ。
「……お父さんに、」
「あいつはどうせ、私の話なんて聞いてくれない。根性の問題だとか、やる気が足りないんだとか、そんなことばっかり……」
「美優……」
学歴に異常なほど固執し、世間の目ばかりを気にする父は、私が学校に行かなくなってから目を合わせてくれない。
『どうしてこんな落ちこぼれに……』
ある日の夜。大きなため息と共にそんな言葉を落とした父は、きっともう私を『娘』とすら思っていないのだろう。
「行きたくないのなら、行かなくていいのよ。でも、お母さんは理由が知りたいの」
理由なんて、ただ「友達だと思っていた人に、突然いじめられるようになったから」というありがちな話だ。
けれど、
「……話したところで、お母さんに何ができるの?」
「……っ!」
あ、いけない。今のは言いすぎた。
「あの……今のは、その……違くて……」
……いつもそうだ。
うっかり口を滑らせて、後悔するのは人を傷つけた後。
(こんな私が、一番嫌い)
こんな奴、いじめられても仕方がないと思わない? もう一人の私がそう問いかける。
「……そうよね、ごめんなさい」
どうしてお母さんが謝るの? そうやってすぐに「ごめんなさい」って言うところ、昔からイライラしてたんだよ。
「……っ、」
そんな言葉のナイフが唇から落ちかけて、口を開いた直後に「これはお母さんを傷つけてしまう」と理性がブレーキをかけたため、寸でのところで飲み込むことができた。
「……お母さんは、」
「うん、なあに?」
お母さんは、優しすぎるんだよ。
愚かなくらいに。
「……私……、」
「美優? 言いたくなかったら、言わなくても大丈夫よ。でも、お母さんに聞かせてくれるなら、ゆっくりでいいから教えて?」
「……っ、うん……」
不意に込み上げた涙をこらえ、大きく息を吸って心を落ち着かせる。
「……私、いじめられてるの」
「――!?」
「だから……学校、行きたくない……」
「……美優、ごめんね」
ああ、ほら。また謝る。
お母さんは、何も悪くないのに。
「気付けなくて、ごめんなさい……美優、今までいっぱい辛かったね。一人でよく頑張ったね、偉い子。お母さんに教えてくれて、ありがとう」
「……っ、う……おかあ、さ……っ」
涙腺が壊れたみたいに次から次へ溢れ出した涙をとっさに止めることができず、ひたすら服の袖で拭い続ける私の姿を、お母さんはその場に立ったまま悲しげな瞳で見つめていた。
「おかあ、さ……っ、お母さ、ん……っ」
「美優……」
お母さんに、抱きしめられたい。頭を撫でられたい。
そんな欲求は、この先も永遠に満たされない。
「お母さん……っ、なん、で……なんで、私より先に死んじゃったの……っ!」
「……ごめんね」
謝罪の言葉なんていらない。ただ、もっとずっと、お母さんと一緒に生きたかった。
「美優、ごめんなさい」
――……私は、お母さんのことが大嫌いだ。
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