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斑糸 七話 内輪揉め
『犯人はこの中にいる』
寺城はそう断言したもののそれを指し示す物は、状況証拠ばかりで決定的な証拠は未だ見つかっていない。
警察は寺城と俺を除く全員の軽い事情聴取と現場の殺人現場と厨房の調査を行った。
すると、排水溝より毒が入っていたと思われる小瓶が見つかり、屋敷の人々は顔に疲労と不安、そして疑心暗鬼の色を深めた。
誰もが一人になるのをいや、犯人と二人きりになるのを恐れ、一時的に各部屋に戻る許可が出ても誰一人居間より出ようとはしなかった。
そして、不安を紛らわせる為か、犯人が紛れ込んでいるという事実から目を逸らせる為か、誰ともなく今後どうするかという話し合いが始まった。
家はどうする?
会社は?
遺産の分配は?
使用人達は?
二花の扱いは?
次々と持ち上がるそれを軽氏は震えながらも気丈に振る舞い「俺が継ぐ」「俺が分配する」「俺が面倒見よう」と半ば強引に宣言し、皆がそれ反論もなく従った。
とんとん拍子に進んでいた為か話題も次第に少なくなってきた頃、今まで忘れていた事が罰当たりでしかない事だが、誰かが気付いたか愛馬氏の葬式と埋葬について話しが移った時、金切り声の絶叫が屋敷中に響き渡った。
「あの人を焼くだなんてっっ!!そんなおぞましい事……誰が許容できるものですか!私は絶対に認めませんっ!!!」
熱心な教徒という者は、同じ教徒にとっては尊い存在かもしれないが、別の信仰を持つ者にとってはこれ以上厄介なものは存在しない。
何でも二花さんは耶蘇教徒であるらしく、涙交じりの鬼気迫る表情で仏式での葬儀と火葬に対して強い反対の意思を示し、泣き喚き、叫び、幼子のように暴れた。
「親父、俺の蓮城家は代々真宗だ!それに土葬は――」
「そんな物関係ありません!!あの人は私と永遠の愛を誓ったのです!死が二人を分かつ事など無いのです!復活の日まで永遠に一緒なんです!!」
蓮城家としては、当主を代々の墓――と言っても、墓を持つようになったのは二代前からだそうだが――に入れるのは当然、家の沽券に係わる事だ。
婚約中だったとはいえ、正式に席も入れていない女性の言い分を飲み、異教の葬式で弔い、他家の墓に入れるなどという行いを許せるだろうか?
ただでさえ、殺人事件などという大きすぎる傷がついてしまったのだ。
これ以上家名に泥は塗れない。
しかし、二花さんにとっては家名や世間体など何物でもないように、愛の狂気とでも言うべきか、たとえ死すとも二人は分かたずと、恐ろしき愛の鬼となり人の話を一切聞かず、ただ泣き喚き怒りに任せ周りを罵るばかりである。
二花さんの目は、狂気に血走り燃え上がり、はてまてどうしたものかと、蓮城家も警察も皆その迫力とキ印の如き様相に一切の手を拱いてしまっていた。
時は既に深夜二時を回り、誰もがその疲労を隠せないでいる。
このままでは埒が明かない。
誰もがそう思っていた時、空気を読まず寺城が大きくあくびをして立ち上がり、窓から見える大きな月を眺めると、くるりとスカートの裾を翻し扉の方へ歩き出した。
「時間ももう遅いし、僕は先に失礼するよ」
「おいまて!勝手な真似は……」
呼び止める警部に、寺城は首だけでふり返ると小馬鹿にするように口を開いた。
「これ以上何をすると言うんだい?今ボクに出来る事は何もない。部屋で寝るくらいいいじゃないか。それともボクと一緒に寝たいのかい?」
「んなっ……誰が貴様のような雌狐とっ!!!」
挑発的な態度に一々苛立ちを顕にする警部に満足したのか、寺城は蓮城家の面々を向き他愛もない事のように言った。
「ああ、言い忘れていたけど、愛馬氏から遺言を預かっているんだ」
その言葉に一同唖然とした。
何故今言うのか。
何故寺城に。
それは本当なのか。
様々な思考が浮上し、混乱する中、寺城は嫌らしい笑みで続けた。
「キミタチは遺産に会社、葬儀や埋葬方法、色々と話し合っていたようだけども、大体はこれに書いてあるんじゃないかな?」
まるで、いや実際に見下しているのであろう。
嘲笑的な寺城に苛立ちの込められた鋭い視線が刺さる。
二花さんなどは、怒りから言葉すら失い、真っ赤になって震えながら爪が白くなるまで手を握り締めている。
「ふふ、実は今日愛馬氏から呼び出された本題はこれでね。書き換えを食事の後に行う予定だったのだけどこれではね」
そう言いながら、寺城はゆっくりと歩き扉に手をかけた。
「内容は明日の朝、朝食後に公表させてもらうよ。警部も立ち会ってくれたまえ」
「ちょ、待って――」
「それではお休み」
軽氏の呼び止めようとする声も虚しく、寺城は部屋を後にし、俺はそれを追いかけた。
暗い廊下を小走りに先を行く寺城に追いつくと、彼女は直接部屋に戻る気は無いらしく、曲がるべき通路を曲がらずある方向へと歩みを進める。
向かっていた先は食堂だった。
寺城は大胆に扉を開くと、警備している警官を無視し、いつの間にか白手袋をはめ死体の周りをゆっくりと見て回る。
「何か調べ忘れでも?」
台車の足元に何か小細工をしているようなので、それを覗き込もうとしたが、寺城は小さな体で俺の視線を遮った。
「ふふ、ボクは釣りが好きでね。仕掛けは魚が釣れてからのお楽しみさ」
寺城はそう言うと小細工を見せないように俺の背中を押して扉方を向かせた。
そして、何やら言い含められてはいるようだが、勝手に動き回る寺城に猜疑の目線を送っていた警官に近づいた。
「な、なんでありますか?」
寺城は口元に僅かな嘲笑を浮かべた。
「闇よに紛れて何者かが忍び込むかもしれないからね。決して光を絶やさず、居眠りなんてせずに警備をするんだよ?」
その挑発的な言葉に警官は顔を強張らせるが、彼女がどのような存在か十分に言い含められているのだろう。眉を顰めつつもしっかりと敬礼をして言った。
「そのような事重々承知しているであります」
これが彼にとって精一杯の抗議なのだろう。
寺城はそれを聞くと、嫌な嘲笑を浮かべ後ろ手に手を振りながら部屋を後にした。
「なら結構。しっかり頼んだよ?」
「はっ!」
俺は敬礼を続ける警官に小さく頭を下げ寺城を追う。
今度こそ部屋に戻ると思いきや、またもや何処かへ廊下の周囲を眺めながらフラフラと、明らかに客人が開けるべきではないような小さな扉を開けては締めてを繰り返した。
ある程度して、お目当ての物を見つけたのは屋敷の外れにある小さな部屋。
最初は倉庫かと思ったが、寺城の横から覗き込むと、そこは幾つもの配線が集まった電流制限室のようだ。
「こんな所に何の用があるんです?」
俺の問いに寺城は闇夜に黒い瞳を光らせて答えた。
「今のボクには何の用もないさ」
その言葉にはどんな意味があるのか。
それを問いただす前に寺城は覗き込む俺の腕の下を潜り抜け、一人暗い廊下の闇に溶け込むように歩き出した。
「ちょっと、寺城さん!」
「いいかい西岩君」
「はい?」
「すぐに起きて行動できるよう準備してから寝台に入りたまえ」
「はぁ?」
寺城の言う事には必ず意味がある。
しかし、今は眠気と疲れであまり頭が回らない。
「それから、部屋の電気も消さずに寝たまえ」
「え?あの寺城さん!?」
いつの間にか宛がわれた部屋の前まで来ていたらしい。
俺は咄嗟に既にその身を半分以上扉の内側へ滑り込ました寺城を呼び止めた。
「なんだい?君までボクと一緒に寝たいというのかい?」
寺城の恐ろしい誘惑に俺がたじろぐと、彼女はフフンッと小さく笑い扉が音を立てて閉まった。
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