斑糸 八話 鬼火(ウィルオウィスプ)

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斑糸 八話 鬼火(ウィルオウィスプ)

 寺城の言葉の意味を理解したのは、分かれてから少し後だった。  回らない頭で事件、今の状況、寺城の行動と言葉の意味を考えながらウトウトと寝台に横になり、半分以上意識が消失していた時、突如として部屋の明かりが消えたのだ。  俺はこれも寺城の予想通りなのかと理解すると同時に部屋を飛び出した。  廊下に出ると、予想通り屋敷中の明かりが消えていた。  俺はとりあえず寺城の元に向かおうと彼女の部屋の方を振り向くと、扉が開く音と同時に眩い光に照らされ、さらに遠くから何か物が割れる音が聞こえた。 「っっ!?」 「言いつけは守ったようだね。結構。それじゃあ行こうか」  身構える俺にかけられた声は、最近毎日聞くようになった幼くも老いた可憐で恐ろしい妖精のような声だった。  目が為れてくる。  窓から射す月光に照らし出されてた、まるで月の精の様に可憐で美しく、冷たく幻想的な少女のなりをしたそれ、寺城は残酷な微笑を浮かべながら、鬼火(ウィルオウィスプ)のような懐中電灯を手に暗闇に立っていた。 「何をしているんだい。あまり呆けていると置いて行くよ」  そう言うと、寺城は懐中電灯の明かりを窓の外に向けて振る様な動きを見せると、大きな足音を立てながら廊下を歩き出した。  予想通りというべきか、寺城は何か割れる音のした方角、愛馬氏の死体が置かれたままになっている食堂の方に向かって歩いているようだが、急いでいるようでありながら、時折懐中電灯の光をあらぬ方角へと振っている。  寺城の横顔を見るが、何かを企んでいるには違いないだろうが、いつも通りの軽薄な三白眼で鼻歌でも歌いだしそうに上機嫌だ。  俺達が騒動に対応して動いているように、多少遅れつつも他の人達もこの事態に何かしらの対応をし始めたようで、あちらこちらから声や光がチラつきだす。  その中でも一際早く騒がしい音と光が急速に俺達へと近づいてきた。 「お前達何をしている!!」  強烈な光の中から響く普段から怒鳴り慣れているであろう大声、一度でも彼に会った者であれば顔を見なくてもすぐにわかる。 「そんな大声を出さなくてもわかっているだろう?黙ってついて来たまえ」  寺城は予想していたのだろう、一切速度を落さず滑るように警部の横をすり抜けると、そのまま滑るように食堂に向かう。 「チッ!この事態やっぱり貴様が絡んでいるな!事情は後から聞かせてもらうぞ!!」  俺達の間に割ってくるように歩きながら、ワザとらしく怒鳴る警部に違和感を感じた。 「警部、心配してくれるのはかまわないけど、照れ隠しはもう少し静かにしてくれないかい?」 「誰が照れてるかっっ!!」  なるほど、いくら嫌っていても女性、しっかりと気遣っていてくれたのか。 「西岩。貴様も怪我などしてないな?」 「あっ、はい。傷一つありません」  なんというか、この人は乱暴に見えて真っ直ぐすぎるのだな。  俺が顔を確かめると一瞬目が合い、警部はすぐに目線を外した。 「たとえどうしようもない悪人だろうと、他の悪に害されていいわけがない。悪から人を護るのが警察官の仕事だ」  警部は前を見たままそう言うと、俺の方を振り返り目を見て続けた。 「いいか、西洋の格言に『深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ』という物がある。あまり悪に近づき過ぎるな」  警部は俺にそれだけ言うと、今度は寺城方を向いた。 「おい寺城!この停電は貴様を狙ったものじゃないのか!?」  寺城は嘲るように眉を持ち上げた。 「おや、やっぱりボクの心配をしてくれてるのかい?安心したまえ狙いはボクじゃないよ」 「何?どういう事だ?せめて貴様が狙われていない理由だけでも説明しろ!!」  警部の発言に嫌な予感がした。  寺城は僅かに逡巡すると嫌な瞳で俺の方を見ながら言った。 「警部、君も成長しないねぇ。西岩君だってそのくらい推理できているよ?」  意地悪な寺城の視線とものすごい圧力の警部の視線が俺に刺さる。  誤魔化す事はできそうにない。  俺は漠然と理解していた考えを頭の中で構築しながら言葉を紡ぐ。 「あー、先ほど寺城さんの言っていた殺人を犯す四つの理由に当てはめて考えて見ましょう」 「コイツは四方八方に敵を作っているぞ。怨恨なら誰でも当てはまる」 「確かに今日も殺意の視線を浴びたね」  警部の理解もそうだが、寺城さんはやっぱり分かっていて行動してるようだ。 「今回の場合、怨恨は無視していいでしょう。もし、寺城さんに恨みを抱いているなら愛馬氏よりも先に狙われていたはずです。もちろん操作撹乱目的や双方に恨みを抱いていた可能性もありますが、恨みを抱く程度に彼女を理解していれば、こんな厄介な相手を後に回すなんて最悪の選択をするはずがありません。俺なら真っ先に殺します」 「それが雇い主でこんなにか弱いボクに言うべき事かい?」 「なるほどな。ワシも最初に狙うな」  警部は俺の推理をすんなりと認めてくれた。 「怨恨でないとなると利益を守る為か?」  警部は少し考えるように無精ひげを撫でる。  恐らく、警部の頭の中では兄弟の二人、特に長男の軽氏が遺産を二花さんに渡さない為に愛馬氏を殺害したのだと考えているのだろう。  確かにそれならば納得できる点もあるが、それでは説明できない点はより多い。  これより先は最初の目的である寺城が狙われていない理由の説明からは外れるが、俺を見る二人の視線が何も言わないですむ様子は無い。 「正直に言いまして、俺はそこまで推理できていませんが、遺産目的の殺人の可能性はきわめて低いはずです」 「ほう。それは何故だ」 「今日殺す必要がないからです」  この殺人最大謎。  何故、今日寺城さんのいる前で愛馬氏が殺されたのか。 「確かに、コイツの行く先々でしょっちゅう殺人事件が起こるものだから、すっかり頭から抜け落ちていたが、確かにおかしい!!」  寺城にとって行く先で殺人事件が起きるのは日常なのだろうか?  いや、これ以上それについて考えるには色々と足りない。  思考を戻そう。 「遺産目的に限らず、寺城さんが来る事がわかっていて今日殺人を犯す必要性は一切ありません。少なくとも俺には説明が出来ません」 「寺城が来る事を知っていなかったというのはないか?」 「確認したわけではありませんが、全員来客予定は知っていましたし、愛馬氏も夕食にまで招く人間の事を何も伝えていなかったとは思えません」 「遺書については……」  警部にしては歯切れが悪いのは、恐らく彼の中でもここまできてはそれは無いと結論が出ているのだろう。 「まず、遺書について知ったのはついさっきのようでしたし、よしんば知っていたとしたら、寺城さんが来る前に殺人事件が起きていたはずです」  現状、俺に出来る推理はこれまで。  まだ何か歯の間にはさがった筋のような違和感が気になって仕方がないが、どうにもこれ以上ひらめきが降りてこない。  俺が窺がうように寺城の方を見ると、彼女の白い歯が月光を浴びて怪しく煌いた。 「ギリギリ及第点といった所かな?」  そう言うと寺城は指を二本、艶かしく小さな唇に近づけ言った。 「とりあえず、二つだけヒントをあげておこう」  これまた性格の悪い反応に、警部がギリっと歯を鳴らせた。 「まず一つに現状をよく見る事だ」  そう言うと寺城は懐中電灯を窓の外に向けヒラヒラと揺する。 「ボクはこうして時折自分の位置を誰かに示すように歩いてきた理由は何にかわかるかな?」  寺城が自身の位置を教えようとしている相手、それは間違いなく犯人だ。  では何の為に?  恐らくその理由の一つは、俺が先ほど否定した犯人の狙いが寺城さんだった場合の可能性を確実に消す為だ。  寺城はもし、犯人が襲い掛かってきても返り討ちにする自信があるのだろう。  最悪、俺を身代わりにするつもりかもしれない。  ちらりと寺城の顔を見る。  目が合うと小さくニヤリと見透かすような嫌な笑みを浮かべた。  ……もう一つの理由は、犯人に既に誰かが動いているぞという圧をかけ何か襤褸を出させる魂胆、若しくは、何かに気付かせない為のおとりなのかもしれないが、それ以上はよくわからない。 「二つ目のヒント、部屋に戻る前に言った遺書の話しは全くの出鱈目という事さ」 「なっ!?」 「にっっ!?どういう事だ寺城ぉっ!!」  警部の怒声に寺城は眉を顰めつつも愉快そうに口を歪めた。 「言った通りさ。遺書の話しは完全な嘘。犯人に踊ってもらう為の撒き餌だよ」 「っっ!詳しく話せ!!」  警部の機嫌の悪そうな声に寺城は、ワザとらしくもったいぶりながら言った。 「思ったより証拠が少なくてね。半衝動的な犯罪ってものは、意外と計画的な犯行よりも証拠が少なく立証し難い物なのさ」  そう言いながら寺城はどこか楽しそうである。 「つまり、犯人を焙り出す為にカマをかけたという事か」  警部の呟きに寺城は嘲笑交じりに言葉を返した。 「いや、犯人が誰かは初めから検討着いているよ」 「それは本当かっ!?」  警部と俺の驚く顔を見ると寺城はどこか満足そうにパイプを咥えた。 「もう少し時間をかければこんな小細工をしなくても容易く逮捕できたはずだよ」  では何故こんな事を?  そう思いはしたが、寺城の顔を見た俺と警部が尋ねる事はなかった。 「でもね?それじゃあつまらないだろう?」  月夜に照らされた薄暗い廊下、寺城の妖精の如く美しい笑顔は、あらゆる夜闇よりなお暗く、何処までも深い。 「……つまり、貴様の趣味の為に余計な騒ぎを起こしたというのか?」  警部はいつものように怒鳴るでもなく、寺城の言葉の裏に見え隠れするその意味に静かに苛立ちを積もらせた。  その怒鳴るよりも迫力のある問いに寺城はニヤニヤと笑いながら立ち止まった。  いつの間にか目的地、食堂の前まで来ていたようだ。 「さぁ、着いたよ。此処に来た意味。停電直後の破壊音。この扉を開けば、そのいくつかが解き明かされるはずさ」  俺と警部が息を飲む。  一人ほぼ完璧に近い答えを予想している寺城は、俺に懐中電灯を預けるともったいぶるようにゆっくりと両手で扉を開いた。  二つの光に照らし出された食堂に倒れている一つの人影、それに気付いたすぐさま警部はそれに駆け寄り両の手で激しくゆすった。 「なっ!?おいしっかりしろ!意識はあるか!!?」  入り口近くに倒れていたのは、ついさっき会ったばかりの警備していた警官だった。  彼の周りは濡れており、無数の陶器の破片が散乱しており、何があったかは一目瞭然だ。  目的地が食堂であると気付いた時に可能性を予想をしてはいたが、あの何かが割れる音は花瓶で人を、警官を殴る音だったようだ。 「う……警部?」 「大丈夫か!?意識をしっかり持て!無理には話さんでいいからしっかししろ!」  警部は警官の無事と頭部の傷を確認すると、彼をゆっくりと抱き上げ移動し、隅に寝かせるとそのまま寝ているように言いつけた。 「申し訳ございません。このよ――」 「話さんでいいと言っただろうが!暗闇で即座に対応できる人間なぞそういるものではない、失敗は成功で取り戻せばいい。今は応援が来るまで安静にしていろ!」  部下を気遣う警部を無視するように、寺城は俺から引っ手繰った懐中電灯である場所を照らしながら、そちらに近寄って楽しそうに言った。 「君達これを見てご覧?」  寺城の示した先。  懐中電灯によって照らし出された所には何もなかった。 「……なっ!?」  そこには吐瀉物と血で汚れた真っ赤な絨毯がしかれているだけで本来あるべきものがなかった。  そう、白い布で覆われた愛馬氏の死体が忽然と姿を消していたのだ。 「この失敗を取り戻すのは難しそうだねぇ」  心底意地の悪い猫のような声で寺城は楽しそうに言った。 「何故こんな事が?」  何の為に?  警官一人を殴り倒してまで?  一体誰が?  俺と警部、そして誰より倒れた警官はその意味の不明さに混乱する中、寺城は一人優雅にパイプをふかした。
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