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斑糸 一一話 毒花
俺達はそれぞれの部屋で仮眠を取った後、形だけの事情聴取を終えると、この世で最も恐ろしい物でも見てしまったかのような酷い表情で棺桶を運び出す警察官達を眺めながら、呼んであった円タクに乗り込んだ。
目的地を告げずとも円タクはエンジンをふかし館を後にする。
俺の横に座る寺城は、何もなかったかのようにパイプから紫煙を漂わせ虚空を眺めている。
「不運と言うか何と言うか。まさか寺城さんに奪われると勘違いしてあんな衝動的に殺人まで犯すとは……」
寺城は俺の言葉に意地の悪い笑みを口元に浮かべると、荷物を漁りながら口を開いた。
「ただの慣れさ。それと彼女にとっては殺人など別に大した事じゃあない。それどころか愛する人を自分の物にする、ただの愛を語る手法に過ぎなかったんだろうね」
そう言うと荷物の中から二つの封筒と紙束を取り出すと紙束の方を俺へと押し付ける。
俺は何も言わずそれに目を落とし、驚きと納得を同時に感じる事となった。
「っ!?一体いつから!?」
それは連地二花に対する身辺調査の報告書だった。
―――――裕福な連地家の次女として生を受けた二花は、両親から目一杯の愛を受け我侭放題に育てられた。
八歳の頃、不幸な事故により母と妹を亡くすと、父は今まで以上に彼女へ愛情を注ぐようになり、更に彼女は我侭放題、自由奔放に生活するようになった。
十二、三歳の頃には恋人の元へ何度も家出を繰り返すようになり、十五歳で父を事故で亡くすと、その時交際中だった二〇歳年上の裕福な男性と結婚。
しかし、すぐに双方共に不倫が発覚、一時離婚騒動にもなったが、夫が病に倒れ程なく死亡。
すぐに幾人かいたらしい不倫相手の一人であった、五つ年上の中流階級の男性と十八歳で再婚するも、これも早くに亡くす。
その後、恋多き若い未亡人として幾人もいたと噂される恋人達の間を飛び回り二三歳で三つ歳下の貧乏だが活力のある男性と三度目の結婚をする。
これは珍しく三年ほど続いていたが、夫が徐々に体調を崩し病死。
それから五年間ほど、独り身だが定期的に屋敷に訪れる男性は幾人もいたとされるが、去年から蓮城愛馬氏との交際が囁かれ、近日中に婚約の運びとなると噂されているが、その息子軽氏との密会も噂され――――
その書類には、連地二花という女性に対する一般的な概要から始まり、本人の戸籍情報、家系図、資産情報、親族、交友関係、噂の事実確認等々多岐に渡り、考えられる以上の関連情報が続き、最後にそれらを総括した寺城冬華の推理で締めくくられていた。
すなわち、連地二花の亡くなった夫達の死因には不審な点が多く、また、数多くいたと噂される恋人達のその殆どが現在行方不明であるという事実。
そして、連地二花の熱い希望で土葬されたはずの死体は、現在あるべき墓地に埋葬されていなかった。
「寺城さん――」
いつから二花が犯人だと気付いていたのか。
そう尋ねた時、寺城は最初からだと言っていた。
しかし、この書類を読み終え、寺城の顔を見た時俺はその言葉をもう一度彼女に尋ねるべきだと感じた。
「それはもう一人の依頼人への報告書だった物さ」
寺城は俺の尋ねたい事をわかっている顔で彼女の手に残っていた封筒を俺に押し付けた。
それには蓮城南人という署名がされていた。
「愛馬氏に脅迫状を送り付けていたのは彼さ」
その封筒を開ける。
「彼は二花の異常性に感づいていたようでね。愛馬氏に別れるよう言ったが聞き入れてもらえず、仕方なくボクへ依頼したというわけさ」
脅迫状の方は時間稼ぎ程度のつもりだったのだろうか。
「遅かれ早かれ愛馬氏は二花の毒牙にかかっていただろうけど、彼の性格ならば自分の行動が裏目に出たように感じてるだろうねぇ」
俺の見立てなら恐らく南人氏は今以上に兄の軽氏に執着するようになるだろう。
寺城は嫌な笑みを浮かべ窓の外を見る。
「それから、警部と君が気にしていた事だが、最初からだよ」
これは、俺がいつから犯人に気付いていたかという事だろうか。
しかし、脳に靄がかかったように何かを隠そうと、理解すべきでないと言ってる。
ああ、そうか。
これはそうだ。
今までも寺城が示すたびに感じていたやつはこれだ。
俺は気づいているのにそれを理解しまいと心を庇っているのだ。
つまり、これは――
「二花が死蝋作りを開始したのはね――」
――聞くべきではなかった、俺の脳が認めた事実。
しかし、寺城の口はまだ動いてた。
「――彼女が始めて目にした人の死から、彼女の殺人は始まっていたと見るべきさ」
その言葉にすでに靄を出す事を放棄した俺の脳が逡巡する事無く回りだす。
つまり、二花は少女、否、幼女と呼ばれるような歳で殺人を犯したというのか?
真逆。
いや、その頃二花の周りで死人が出たはず。
俺は先ほど読んだ資料を脳内で捲りなおす。
「母と姉の死因は……鈴蘭と行者大蒜を間違えた食中毒?」
母の実家から送られてきた行者大蒜に鈴蘭が混ざっており、偶々仕事で家を空けていた父と好き嫌いをして食べなかった二花は被害に合わなかったと資料にはあった。
しかし、二花の祖父母は当時よく山に入り山菜を取っており、二花の母と姉が亡くなった事件以外、一度たりとも毒草や毒茸を間違えた事はなかったと、祖父母と一緒に暮らしていた二花の伯父が語っている。
「幼い姉はすぐに亡くなったが、成人ゆえに苦しんで死んだ彼女の母の最後の台詞も書いてあっただろう?『貴女が無事で本当に良かった』全く幸せな最後じゃないか」
寺城のにごった瞳が細くニヤリと歪んでいる。
「……先ほどの資料には証拠が載っていませんが、他にも資料があるのですか?」
俺の言葉に寺城の眉がワザとらしく驚いたように上がる。
「本気で言っているのかい?君はあの屋敷の玄関に咲いていた花を覚えていないのかい?」
ニヤニヤと歪む寺城の瞳が、わかっていた癖にと厭らしく笑う。
今度は俺が窓から外の景色を眺め深く息をついた。
深淵は覗き込まなければ、深淵を見る事は出来ない。
しかし、見るだけでは深淵を理解する事は出来ない。
深淵の先に何があるか知るには、深淵に飛び込むしかないのかもしれない。
「何か言いたそうな顔をしているけど、たまには素直に口に出してみたらどうだい?答えられることなら何でも答えてあげるよ?」
寺城は意地悪そうな顔でゆっくりとパイプを咥えゆっくりとふかすと紫煙が車内に充満する。
「……この車は何処に向かっているんです?」
寺城は鼻で小さく笑うと目を細め口端を少しだけ上げた。
「くっくっく、いい観察眼だよワトスン君。次の依頼主の所さ」
そう言うと寺城は上着のポケットから少しよれた封筒を俺に渡した。
「まぁ、全部説明するもの芸がない。自分で読んで、自分で考えてみたまえ」
寺城は挑発するかのような目で俺を見ると、パイプを咥えたまま鹿撃帽を深く被り手を組んで眠るように目を閉じた。
俺は寺城と手紙を交互に見ると、少しだけため息をつき封筒を開いた。
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