三人狩手部 三話 逮捕

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三人狩手部 三話 逮捕

「全員揃いました」  寺城にそう報告したのは、ここ一年で親の声よりもよく聞いた女刑事瀬葉の声だ。  そういう決まりでもあるのかと思うほどに、都内で警察を呼べば十中八九彼女か栖昏警部がやってくる。  これの一種のおきまりとでも言うべき物なのだろうか。  ただ厄介な相手(寺城)に何故か信奉しているはみ出し者の瀬葉や面倒見の良い栖昏警部が面倒事を押し付けられているだけかもしれない。 「ああ、ご苦労」  寺城は気だるげに仁氏の部屋から勝手に(俺に)運ばせた揺り椅子に揺られながらそう答えると、片手をスカートのポケットに突っ込みその中の物を弄りながら、もう片方の手にパイプを掴んだまま集まった人々の顔をつまらなそうに眺めた。  そして、軽くパイプを掲げ、何がない事を呟くよう言った。 「セバス。そこの不快な肉塊を脅迫と殺人未遂で逮捕しろ」  パイプの指し示す先、それは当然末子だった。 「確保っ!!」  瀬葉の合図と共に二人の警官が末子の両手を抑え、彼女がその重量のまま抵抗しようとすると、躊躇なく足を払い床へ押さえつけた。  末子は短い手足でバタバタともがき、甲高い声でキーキーと抗議の声を上げる。 「ちょっ!待ちなさいよっ!!差別よ!アタシの友人には議員の奥様がいるのよ!!差別は逮捕されるわよ!!これは男女差別よっっ!!!」  けたたましく抗議の声を上げる末子とは対照的に、仁氏も和も、被害者である稲蔵ですら、それぞれ内に隠れた感情、表情こそ違う物の冷静にその様子を見つめていた。  仁氏は暴れる末子の手首に手錠が嵌められる様を見ると、わずかに眉を歪め冷静なその顔に思案の色を浮かべた。  稲蔵は憎しみの表情を表しつつも、その口の端は僅かに上がり、どこか嬉しそうに狂気的な炎を目に宿らせる。  和は諦めと悲しみの表情で愚かな末子へ哀れみの視線を投げかけていた。 「差別は絶対許されない行為なのがわからないのこのブス!あんたみたいなちょっとだけ容姿が良いからって調子に乗った頭のおかしい狂人は癲狂院に押し込んでやるんだから!!大体アタシを犯人扱いだなんて証拠はあるの証拠は!!」  自己の発言の矛盾気付かない末子は好き放題に喚き、その度に瀬葉の額の青筋が増えていく。 「証拠ならあるさ」  寺城はパイプを咥え、ポケットの中の封筒を弄りながらそう言うと、末子が血走った目で睨みつけながら動きを止めた。 「先ほど全員の部屋をほんの少しだけ捜索させてもらったんだけどね」  真っ赤に染まった末子の顔が、寺城のポケットから引きずり出された白い封筒を見て一気に青くなる。 「――君の荷物から遺書が見つかったんだよ」 「それは燃やしたはずよっ!!」  場の空気が固まった。  数拍の後、末子は自分が洩らしてしまった言葉に瞳孔の開いた目になり必死に捲くし立てた。 「違うわ!これは陰謀よ!!アタシの活躍に嫉妬した差別主義者のっ!いえ、アンタの仕業ね!アンタ達がアタシを陥れるためにアタシの荷物の中に和の遺書を忍び込ませたのよ!!犯人はアン――」  喋り続ける末子に寺城は嘲るように失笑すると、目の前に杖を突き出し発言を制止し言った。 「誰が和の遺書だなんて言ったんだい?」 「―――っっ!!」  末子は眼球が飛び出さんばかりに目を見開き、何か言おうとするも、アレほど言葉を開き続けていた口は、単語の一つも紡ぐ事は出来ず、過呼吸にならんばかりに息を吸い込むばかりで顔を真っ赤にした。  そして、寺城が白い便箋がよく見えるように末子の目の前に投げ捨てると、彼女はそれを食い入るように見た後、憎しみに染まった表情で憎悪のままに叫んだ。 「騙したわねこのペテン師!!こんな事で、こんな証言が裁判に通用するとでも思っているの!!誘導尋問、郵送尋問だわこれは!!」  感情的に罵る末子とは対照的に寺城はなんとでも言えというように、いつも通りゴミを見るような、吸い込まれそうな瞳で言った。 「たしかに、これだけじゃあ君みたいな上流階級の人間を有罪にするのは難しいさ。でも、君を一次拘留し、周辺を捜査するには十分だ。ここ最近の君の行動、金の流れ、あの花瓶を何処の誰に特注したのかとかね」  その言葉に末子は悔しそうにボロボロと大粒の涙を流しながら嗚咽し、項垂れた。 「……よ」  その巨体を警官達に取り押さえられたまま、フルフルと震えながら末子は呟くように問うた。 「いつからアタシが犯人だって疑ってたのよ」  声こそ小さいものの、その言葉に込められた思いは、今まで撒き散らしたどの罵倒よりも大きく、それに答える寺城の声はいつも通り美しく蟻を爪で弾くように軽かった。 「疑うだけなら、下調べをした時点で君は容疑者の第一候補だったよ」  その言葉の意味に俺は皆にその音が聞こえたのではないかと思うほど、大きく唾を飲み込んだ。  そして、和も何か気付いたように問いかけた。 「さっきの脅迫と殺人未遂というのは……」  寺城はその言葉を半分無視、半分答えるように言葉を続けた。 「全寮制の女学園にいる相手へ消印のない手紙を送りつけ、更にその行動を監視するなんてそう簡単に出来る事じゃあない。特に男性にはかなり難しいだろうね。しかし、君は生物学上の女性である上に女権運動団体の一員だ。お嬢様の通う全寮制の女学園にそのシンパがいてもおかしくはない」  そこまで言うと寺城はパイプをゆっくりと吸い、天井に向け紫煙を漂わせた。 「決定的だったのは、稲蔵が首を吊った音が聞こえた時さ。アレだけの大演説を披露していたというのに、一、二を争うほど早くに反応し、まるで演説よりも音の方を聞かせたいようにピタリと演説を止めてしまった。アレは音が鳴る事がわかっていた者の反応だよ」  寺城はそこまで言うと愚かな虫を見るような目で、床に押さえつけられた末子を見下した。 「アタシは認めないわよ」  末子は巨体をワナワナと震わせながら、髪を掻き乱し顔を上げて、牛鬼の如き形相で犬歯を剥いて寺城を睨んだ。 「どれだけ証拠があろうとアタシは認めないわ!最後まで戦い抜くわよ!!あんた達みたいに男に媚を売る売女共もアタシを馬鹿にする馬鹿男共も逆に訴えてやるわ!!絶対に絶対に認めない!戦うわよ!」  狂犬病にかかったかのように、口の端から泡と涎を垂れ流し、狂ったように喚き立てる末子に警部は顔を顰めながらも、部下達に彼女を連行するよう指示をした。 「ったく、どうしてこう頭ばっかりデカイ要領の悪い女が増えたのやら。昔の女はもうちっと利口で強かだった気がするんだがなぁ」  心底困ったように呟くと、警部は安煙草に火をつけ一服し俺達に向き直った。 「事情を聞く前にお縄にしちまったが、改めて事の顛末を聞かせて貰おうか?」
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