三人狩手部 四話 そして誰もいなくなった

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三人狩手部 四話 そして誰もいなくなった

現場の確認と保存、末子の護送に数名の警官を割き、俺は警部と瀬葉、残りの警官に事件の要略を質疑応答を交えつつ説明をした。  身内を狙った殺人未遂というありふれているものだが、これほど心に重く圧し掛かる嫌な事件。  それぞれ思う所はあるだろうが、皆一様に暗く口数は少なく、特に和などはあれから一切言葉を発せず、感じる必要もない責任を背負い込んでいるようで俯いたまま歯を食いしばっている。 「敬語は必要ないと言いつつも、しっかりと調査をなさっていたのは流石でした。しかし、そこまで調べておきながら、何故事件が起こる前に阻止しなかったのでしょうか?」  仁氏は冷静な風を装いながらも口元を小さく歪ませ寺城を批難する。彼にしてみれば、父と二代で築き上げた家名に泥を塗る結果となったのだ。文句の一つも言いたくなるだろう。 「ボクへの依頼は和への護衛とだからね。直接彼女に被害が無いのなら、稲蔵の生死や末子の暴走なんて二の次さ。……大体、君達が勝手な事をせず、ボクの指示通り今日この家に来ていればこんな自体にもならなかったかもしれないよ」  寺城は平然と最低な理屈で批難を蹴り飛ばし、あまつさえ事件の責任を押しつぶされそうな和へと擦り付けるよう言ってのけた。  当然仁氏はそれに気分を害し、ギリっと歯軋りを鳴らすが、柳に風となる余計な反論は避けた。  何を言っても和を傷つける結果しか得られないとわかったからだ。 「ところで末子の分の遺産分配はどうなるんだ?俺を殺そうとしたんだ、身内を殺す奴に遺産を受け取る権利なんてないよな警部さんよ!」  こちらの大男も空気を読まない事にかけては寺城に並ぶかもしれない。  この言動に仁氏は辟易し、瀬葉などはゴミを見るような目つきで彼を見下ろす。 「ああ、そういう事は専門家に聞いてくれ」  警部が頭を掻きながら答えると稲蔵は大きく舌打ちをした。 「チッ。あんたは専門家じゃないのかよ」 「ワシの仕事は逮捕するまで、それから先は裁判官の仕事だ」  不服そうにする稲蔵と目が合った。 「……相続権は強固に保障された権利でして、遺書で分配しないと書かれていたとしても、遺留分が保障される程で、余程の欠格事由でもない限り、犯罪者であろうと相続権は発生します」 「オイそれはまじか!」  稲蔵は問い詰めるかのように俺を睨みつけてくる。 「ですので、当然放棄を宣言しただけの和さんの相続権も健在です。特に今回のように脅迫が原因で放棄を宣言したとあっては、正式な書類があったとしても遺留分は要求できるでしょう」  稲蔵は和に獲物を値踏みするような野獣の如き視線を送る。  俺は軽く咳をして話を続けた。 「問題は欠格事由です。末子さんの話しに戻りますが、彼女の場合これに該当します」  稲蔵の瞳に喜色が浮かび、口元は感情を隠す気さえないようで獣の如き笑みが浮かんだ。 「遺産目的の殺人ともなれば十分に欠格事由に該当するはずです。当然相続権は剥奪されると見て間違いは無いでしょう」  最も、彼女は裁判で争う気満々のようなので、彼女の分の遺産が分配されるのはいつの事になるか定かでは無いが。  それに気付かず、手の平に拳を打ちつけ喜んでいる稲蔵に水を指す気は無いので黙っておこう。  警部や警官達はそんな彼を呆れたような目で見ている。 「失礼します」  若い警官が稲蔵に言いつけられた人数分のお茶と茶菓子の紅白饅頭を持って現れた。 「お茶とお茶菓子は言われたとおり、台所の机の上にあった物を適当に持ってきましたが、こちらでよろしかったでしょうか?」  若い警官は座っている俺と寺城、狩出部家の面々と警部の前にお茶を配りながら尋ねた。 「菓子も茶もどれを持ってきてもそんなケチケチ言わねぇよ。それより早くもって来てくれ、昼から何も入れてないから腹が減ってんだ」  稲蔵にそう言われ、若い警官が先にお茶菓子を配ろうとするのを寺城が制した。 「いやいや、君は皆にお茶を配っていてくれたまえ。たまにはボクも手伝おう」  彼女のその言動に幾名かが眉を顰め怪訝な顔をした。 「寺城さんその様なこt……」  代わりを名乗り出ようとした瀬葉をいつものやる気のない視線で押し留め、寺城は饅頭の箱に歩み寄ると、その中から白い饅頭を選んでヒョイと齧りつく。 「これは中々上品な味だね。流石狩出部家の御用達の和菓子屋の品だね」  彼女はそう言うと三口ほどで饅頭を平らげると、箱を持ち一人一人に白い饅頭を配っていく。 「我が家の御用達というより、そいつはあのデブが好きで自分用にいつも買い込んでくるやつだぜ?ってか、わざわざ配らんでも中心に置いてくれれば自分で取るぜ?」  稲蔵はそう言い、早くしろと手で催促をする。 「いやいや、一度言ったのだから最後までやらせてくれないか?」  寺城はそう言いながらゆっくりと白い饅頭を配り歩き、最後に稲蔵席まで歩いていった。 「じゃあオレも……」  そう言って伸ばした稲蔵の腕をすり抜け、寺城は彼の前に紅の饅頭を置き、するりと身を翻し饅頭の箱を持ったまま自分の席へと戻っていった。 「……てめぇっ」  睨む稲蔵を余所に席に座った寺城は、また白い饅頭を自分の口へと運んだ。 「ほら、美味しいよ。皆も食べたまえ」  その言葉に皆それぞれ口に運び、ゆっくりと咀嚼し飲み下す。  稲蔵以外。 「おいてめぇ」  稲蔵の言葉を無視し、寺城は三つ目の白い饅頭を口に運ぶ。 「ざっけんじゃねーぞ!!どういうことだこれはっ!?何でオレだけ紅いんだよ!!」  顔を真っ赤にした稲蔵は、握り拳を机に叩きつけ恫喝するように怒鳴った。  しかし、寺城は嘲るように答える。 「さぁ?ただの偶然じゃないかい?」  小さく犬歯を見せると、寺城は最後の白い饅頭を口に収め、ゆっくりと温くなったお茶を啜り、チラリと片目で饅頭の箱を見て挑発するように言った。 「申し訳ないが、白い饅頭はもう品切れのようだ。子供のように駄々を捏ねていないでその紅い饅頭を食べたらどうだい?おなかが減っているんだろう?」  稲蔵はその顔を饅頭以上に赤くを染め、わなわなと震えながら何か言おうとしたところに寺城が被せて言った。 「っ「それともその饅頭を食べれない理由でもあるのかな?」」  ドンッ!!  大きな握り拳が再度机に叩きつけられた。 「巫山戯るなっ!俺は被害者だぞっ!」  当然の様に怒りを顕にし怒鳴る稲蔵に寺城は平然といつもの詰まらなそうな口調で問うた。 「それが?」  ガシャンっと、稲蔵の握っていた湯飲みが握りつぶされた。 「こんな怪しい物が食えるかっ!!」  稲蔵はこの状況であれば至極当然の事を言っている。  余程鈍感な者でなければこの状況を怪しむのは当然だ。  普通であれば稲蔵の発言は受け入れられるはずだ。  寺城が仕掛けていなければ。 「それはそうだろうね。ボク当然この饅頭が怪しいと思ったさ」 「何?」  寺城のまさかの同意に稲蔵は疑問符を浮かべる。 「だからね。ボク達が君を助けに向かった時、台所の机の上にはお茶の道具しか置いてなかったのさ。それがどうした事か、君が皆の元に向かった後、各部屋を探索した時には何故か机の上に紅白饅頭の箱が置かれていた。怪しいと思わないかい?」  稲蔵の頬の筋が僅かに緊張した。 「だ、だから……「だから犬で試したのさ」」  真っ赤だった稲蔵の顔が真っ青に染まる。 「仁氏と末子氏はボク達が君の部屋に言っている間、一歩もこの部屋を出なかったと聞いているよ」  一瞬、稲蔵の瞳孔が収縮し、次の瞬間一気に開いた。 「だぁあああああああっっ!!!」  稲蔵は机を掴むと怒声を上げ、その巨体に相応しい膂力で天井に届かんばかりに投げ飛ばした。  そして、一同が驚愕する中、稲蔵は猛虎の如き俊敏さで寺城へと躍りかかった。 「ふっ」  稲蔵の伸ばした手首を掴むと、踊り導くように引き、つんのめった足を払うと、彼は物理法則がそうなっているかのように、飛び掛った勢いに重力と己の体重を加え地面へと激突した。 「きゃっ!」  俺は近くにいた和を庇うように彼女の前に出て、迫り来る机を防ぐ。  そしてそれは、運悪く地面へと倒れた稲蔵の上へと落下した。  散乱する食器、椅子から落ちた仁氏、警戒する警官達、机の下で沈黙した稲蔵、一人関せず優雅に椅子へ座りなおす寺城。  僅かに静寂が支配した。 「ぐ……まだ……dっっ!!」  ゴッ!!  机を押し退けて立ち上がろうとした稲蔵のこめかみに警部の拳が叩き込まれた。 「往生際の悪い奴め、これ以上手間を掛けさせるな」  呆れる程に頑丈な稲蔵はそれでも両の手をつき、懸命に立ち上がろうとするも、警部に手を払われ突っ伏した所に手錠を嵌められた。 「俺をどうするつもりだっ」  警官達に取り押さえられながらも、稲蔵の瞳には諦めの悪い炎がくすぶり続けている。  そんな稲蔵に寺城は対照的なほど冷めた瞳で問うた。 「ボクが今まで何もしていなかったと思うかい?」  その言葉の意味がわからないのか、稲蔵の眉間の皺が歪んさ。  それを見て寺城はゆっくりと顔を仁氏の方へ向けながら続けた。 「性格には君達の父、三太氏が死ぬ少し前、ボクが呼ばれていた事を知っているかな?」  稲蔵の顔が驚愕に歪んだ。  そしてそれは、今まで感情を大きく表に出さなかった仁氏も同じだった。  二人は怒りと驚愕と恐れの入り混じった表情に顔を強張らせ、異様なほど血走った目で寺城を睨んだ。 「有機リン系薬剤は足が掴みやすかったよ」  そう言って寺城はポケットの中で弄んでいた薬瓶を目の前で揺すった。  それを見て稲蔵は苦虫をまとめて噛み潰したような顔をした後、警官達に取り押さえられたまま力なくうな垂れた。  一ヶ月以上もの時間、寺城に調査されていたのだ。  今更逃げ道など残されてはいない。  それが彼にもわかったのだろう。 「ボクは推理小説の主人公なんかじゃあない。唯の一介の探偵に過ぎない」  寺城を知っている誰もが、彼女が唯の探偵だなんて思ってはいないが、誰もそのような事を指摘する無粋な人間はいなかった。 「その場で見つけた手がかりとひらめきを頼りに、犯人当てのお遊戯に興じるほど酔狂じゃないんだ」  寺城はそう言いながら薬瓶を瀬葉に渡すと、ゆっくり足を組み替え味わうようにパイプをふかした。 「地道な下調べ、入念な事前捜査、情報収集ほど結果に結びつく捜査方法は存在しない」  稲蔵が僅かに顔を上げて言った。 「つまり、今日起きた事。いや、今日この場に集まった時点でオレ達の行いは全て茶番。お前(ばばあ)の手の平の上だったって事か」  稲蔵の視線は警官達に囲まれた仁氏へと移り、その瞳には諦めから来る余裕が漂い、「どうするんだ?」と問いかけているようだった。 「お兄様。これは一体どういう意味なんですか」  和もこの状況から理解はしているはずだ。  しかし、理解したくないと、勘違いであって欲しいという僅かな希望に縋り仁氏に問いかけた。  だが、仁氏は何も言わず、静かに目を伏せ小さく首を振った。 「寺城さん。俺にも説明をお願いします」  寺城はパイプを咥えたまま、少しだけ考えるそぶりを見せるみせたもののゆっくりと口を開いた。 「まぁ、確かに君に何も情報を与えていなかったからね。これだけで全てを察しろと言うのも少し酷か。君の調べ物もこの事件には係わっていないようだしね」  俺は自身の鼓動が早くなるのを感じた。 「三太老は亡くなる少し前にボクに相談を持ちかけ、これを託したという事さ」  寺城が小さく掲げたのは、遺書の入った封筒とそれよりも大きな書類封筒。  彼女は遺書の方を俺に投げ渡し、封を開け朗読するように言った。  慎重に遺書を開くと、そこには達筆で神経質そうな文字がびっしりと並んでいた。 「――『まず初めにこの場に仁、稲蔵、末子、和、そして遺書を託した寺城冬華氏と彼女が呼んでいるであろう警察官間の方々に罪の告白を聞いていただきたい――』」  なんていう事は無い、狩出部三太氏と寺城は結託していたのだ。  この先に続く内容を予想し、稲蔵が暴れようとしたが、手錠を掛けられ警官数人に取り押さえられている状況にすぐに諦め大人しくなった。  そして、仁氏は俯いた姿勢を崩さず不気味な沈黙を守っている。 「『――私の財、会社は多くの法を犯し、多くの人命を犠牲にして築かれた屍の山である。それらの罪の筆頭、主犯である私の命は悪党の末路に相応しく、我が子達によって奪われるであろう。そして、その我が子達、すなわち仁、稲蔵、末子の三名も親殺しという罪のみならず、私と同じ無数の命を奪った大罪人である――』」  そこから続く無数の犯罪の告白、商売敵の排除から、違法薬物の製造と販売、そして何より膨大な人道に反した人体実験の数々、そして、その証拠を寺城に託したと書かれている。  寺城は書類封筒を小さく掲げた。 「『――我が子達よ。罪を清算する時が来たのだ。私は我が子達に殺されるという方法で罪を受け入れよう。もちろん、それだけでは足りない分は地獄で罰せられる事となるだろう――』」 「ざっけんなよ糞親父……っ!自分だけ散々自由に生きて最後の最後で善人ぶりやがってっっ!!」  再度暴れる稲蔵を警官達は必死で押さえつける。  冷静だった仁氏のさえも頭をガシガシと掻き毟り額を押さえる。 「つまりね。君達兄弟が毒を盛った時、三太老は気付いていたんだよ。君達が親を殺しにかかってるとね」  その言葉に誰よりも衝撃を受けたのは和だった。  決定的な寺城の言葉を確認するように彼女は仁氏と稲蔵を見た。  仁氏はその視線を無視するように顔を伏せ、稲蔵はそれすら気付かず暴れ警官達に無理矢理押さえつけられていた。  俺は遺書の続きを読み進めた。 「『――最後に我が愛娘、いや、私の利己的な罪、業によって不幸になった哀れなる娘についてよ――』」  悲しみに捕らわれていた和の瞳が俺の方を向く。 「『――私には若かれし日に愛し合っていた女性がいたが、私は金持ちの娘と彼女を秤にかけ彼女を捨てた。風の噂でその女性も別の男性と結婚し子を産んだと聞き、私も罪悪感と日々の忙しさからそれをわざと忘れていた。そして、ある日私は貧困に喘いだ夫婦を金で買い比検体にした。それがあの愛した女性の娘とその夫であった事に気づいたのは、既に取り返しのつかない状態になってからだった――』」  その続きを誰もが予想し、和は神にでもすがるかのように俺の瞳を見つめ、寺城の口の端に笑みが浮かんだ。 「『――それが戸村和の両親だ。――』」  そこまで読み一度言葉を切って、俺は寺城と和の顔を確認した。  寺城は半眼の詰まらなそうな表情で思いつめた表情ながらも瞳の奥に覚悟を秘めた和を見ていた。 「『――罪滅ぼしというわけではない、彼女を自分の隠し子だと偽って養子にしたのはワシの自己満足に過ぎない。ワシは許されざる罪を積み上げすぎた、今更一つばかり増えたところで大して変わりはしないし、実の子供達に毒を盛られじわじわと死んでいくのは当然の報いだ。我が子等よ先に地獄で待っている。そちらで共に一からやり直す日を待っている』」  そう締めくくられた遺書、いや懺悔の言葉を紡ぎ終え閉じると、皆一様に黙祷をしていた。  重い静寂を破ったのは、当然の事ながら詰まらなそうな寺城の声だった。 「で、どうするんだい?」  声を掛けられた相手、仁氏はゆっくりと寺城を見た。 「社はどうなる?」  寺城は意地悪そうに口元を歪めた。 「ふふ。この事件は一般には公表されない。当然君達には罪を償ってもらう必要はあるが、他の犯罪者よりはマシな扱いさ」 「私達の事はいい、会社の運営はどうなるかと聞いている」  仁氏の瞳には焦りと不安が浮かび、声には苛立ちが混じる。 「そのままさ。君達の消えた後には相応しい人間が繰り上がる、と言っても君以外はただのお荷物だったから社は前よりも良くなる筈さ、問題は……」  そこまで言うと寺城は和を見た。  仁氏も和を見るが、既にその瞳から焦りと不安は消えている。 「私は相続権を放棄しています。それに本当の子でないとわかった以上――」 「――相続権を放棄を宣言した程度で相続権はなくならないと聞いただろう?もう忘れたのかい?それにすでに戸籍上は三太老の婚外子扱いになっている。当然相続権は健在だよ」  和は助言を求めるように仁氏を見るが、彼は何も言わずしっかりとした目で和を見据え小さく頷いた。  一族の莫大な遺産を相続する事となった和にこの場にいる全員の視線が集中した。 「私は相続します」  確かな意志の篭った宣言に幾つかの唾を飲み込む音が聞こえた。 「ただし、少なくとも成人するまでは社への口出しは一切しません。また、この歳ですので後見人も――」  和のハキハキとした宣言に寺城は詰まらなそうに肘をつき目を閉じた。 「――自分で決めその方に一任します」
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