1

2/2

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
「お父さんよりもあのお姉さんの方がずっと優しいよ!」 飛鳥はリュックサックを背負うと玄関先に置いてあった花瓶を手で払い倒して出て行ってしまった。 花瓶は割れずに床に転がったが、尊は大事に抱えて飛鳥に向けて怒鳴った。 「お母さんの形見を粗末にするな!」 「お母さんなんていない!!」と窓の外から飛鳥の声がした。 「飛鳥! ……はぁ」と、ため息を一つ吐いた尊は一口も食べてくれなかった朝食を前に座り込んでしまった。 座った先のテーブルに置かれた学校の通知書に徐に目が向いた。 〈保護者の方へのお知らせ。近頃、不審者の目撃情報が相次いでいます。声を掛けて飴を配る女性や全身黒ずくめの女性が辺りを彷徨く等、治安に問題が起きており、警察へのパトロール強化もお願いしております。出来る限りお子さんの送り迎えをお願い申し上げます〉 「何が保護者だ!」と、プリントを折り曲げた尊は作った朝食を怒り任せに流し台へ投げ入れた。 我に返って花瓶を元の位置に戻した尊はリビングの隅にある仏壇に手を添えた。 徐ろにシャツの内ポケットからロケットペンダントを取り出して中身を開けた。中には端正な顔の女性が微笑んでいる写真がはめ込まれていた。 「弥生、すまない。飛鳥と、どう接したらいいのか、俺にはわからないよ。頼れる人がいたら良かったんだが。お前がいたら、家の中はもっと明るかったんだろうな。……お前がいたら」 遺影を眺める尊の表情は少し虚いでいた。 尊の妻、弥生(やよい)は七年前、二人の初めての子である飛鳥の出産と引き換えに、この世を去った。 出産した数分後の事だった。出血が止まらず、容態が急変。産まれたばかりの飛鳥を抱いたまま、息を引き取った。 施設育ちの尊はそもそも親というものを知らず、ケースワーカーだった弥生と出会った事で人として真っ当に生きられる様になった過去があった。 故に、母親の愛情を得られなかった飛鳥と、どう向き合ったら良いのか途方に暮れていた。 尊のその生い立ちから、認められた結婚ではなく、仏壇すらも尊が買っただけの代物であり、弥生の親族らからは完全に突き放されて鼻つまみ者扱いを受けていた。墓参りすら、許されていなかった。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加