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「…もう、私を見かけても声をかけたりしないで下さい。…」
そう言って、優衣はその場から去って行こうとした。
だが…。
「待ってくれ」
去ってゆこうとした優衣の腕を掴んで、哲司が引き止めた。
一瞬驚いた目をした優衣だが、黙ったまま俯いていた。
「ごめん。…離婚用紙、まだ提出していないんだ」
はぁ?
半年もたっているのに、まだ提出していない? どうゆう事?
そう思った優衣は、驚きつつそっと哲司を見た。
その目元にはしわ一つなく、つやつやとした肌で綺麗な目をしていた。
優衣と目と目が合うと、哲司の目が潤んできた…。
「…すごく勝手なのは判っている。でも書けないんだ…。自分の本当の気持ちに目覚めた時、とても楽になれたような気がして。やっと、幸せになれると思った…。突然、お前がいなくなった事はとてもショックだったが。そうなっても、俺は何も言えないと思って自分を納得させようとしていたけど。…俺は…今でも、お前の事を愛しているから…失いたくなくて…」
何を言っているの? さんざん私の事、ボロ雑巾とか言っていたくせに…。
(優衣…愛している…)
あの結ばれた夜に、哲司が言ってくれた言葉を思い出した優衣。
と…その時…。
「あっ…」
何かを感じて、優衣はハッとなった。
「どうかしたのか? 」
哲司が声をかけると、優衣は目が潤んできた…。
「どうした? 何か、あったのか? 」
「…動いたんです、今…」
「動いた? 何が動いたんだ? 」
よく判らない顔をしている哲司だが…。
優衣の手元を見て、お腹に手をあてているのを目にすると…
「優衣…もしかして、子供ができたのか? 」
そう言われると、優衣はハッと我に返った。
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