155人が本棚に入れています
本棚に追加
我に返った優衣は「違う」と否定しようとしたが、哲司の目を見ると、それが出来なくなってしまった…。
「…ごめんなさい…。貴方には、何も迷惑をかけるつもりはありませんので」
「迷惑? 何を言っている! そんな事、思うはずがないだろ。俺と、お前の子供だろう? 」
「…離婚を決めたときは、気づきませんでした。…もう、離婚届は提出されているものと思っていたので。…一度は、産むのをやめようと思いました。…でも…できなくて…」
「もういい…」
握っている手を引き寄せて、哲司はギュッと優衣を抱きしめた。
抱きしめると、優衣のお腹が膨らんでいるのが伝わってきて、胸の奥の方から込みあがって来る喜びを感じた。
「…良かった…離婚届、提出しなくて。…今日、ここで会えたのもきっとお腹の子が引き合わせてくれたんだろう。そうじゃないなら、いつも通っているこの道でずっと会えなかったのに。今日に限って会えるなんてことは、無いと思う」
確かにそうかもしれない。
この道は、毎日と言っていいほど通っている。
それなにのこの半年の間ずっと、哲司に会うことはなかった。
今日は…
優衣はそっとお腹に手をあてた。
さっきまでポン・ポンと蹴っていたのを感じていたのに、今はとても静かで何も感じない。
哲司のもとを去ってゆこうとした時、勢いよくポンと蹴ったのを感じた。
まるで「行かないで」と止めてくれたようだった。
「…今日は、定期受診の日だったんです。…正直、今日の受診まで産む事を迷っていました。…でも…エコーで動いている赤ちゃんが見えて、産んであげたいと思って…」
「そうだったのか。もしかして、あのビルの病院に言っていたのか? 」
「はい…。さっき、受診を終えて帰るところでした」
「なるほど。じゃあ、何かの引き合せだったかもしれないな」
そうなのかもしれない。
もう会えないと思っていたのに、このタイミングで会えるとは…。
優衣は素直に喜びを感じていた。
最初のコメントを投稿しよう!