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一、
天下の台所と言われた江戸時代の大坂。
大坂町三丁目に、唐物屋・祝久屋蓬莱堂はあった。
「今日も暇だな」
十六にして祝久屋蓬莱堂の店主である祝久屋璃兵衛祝久屋璃兵衛は、手元にある本をめくりながら商売人らしからぬことをぼやいた。
薄紙を通したような光しか入ってこない店の中は昼間でもどこか薄暗い。
璃兵衛の黒の羽織に、青梅藍縞の着物の袖口からのぞく白く細い首筋や手首は墨で描かれた幽霊画を思わせる。
「それでいいのか、お前は」
璃兵衛に問いかけたのは棚の整理をしていた青年レンだった。
歳は十八くらいだろうか。太陽の下で過ごしてきたことを思わせる日に焼けた肌と程よく筋肉のついた長身で、首からは守り袋を提げている。
黒の着流しの袖を捲り上げ、履き慣れないという理由で下駄の鼻緒を伸ばして足首あたりで編み上げ、まるで役者絵から飛び出してような姿をしているレンは異国から海を渡って数か月前に大坂へとやってきた。
紆余曲折あり、店にやってきたレンの面倒を璃兵衛がみることになったのだが、今では立派な璃兵衛の世話係だ。
これではどちらが面倒をみているのかわからない。
「おい、聞いてるのか」
「聞いてるが、まぁ、うちは他の店とは少しばかり違うからな」
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