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璃兵衛が店主をつとめる祝久屋蓬莱堂は唐物屋といわれる、エレキテルなどの話題になっている品や渡来の珍しいものを扱う店だ。
そうした品が置いてあるならば客が寄ってきそうだが、ここ数日客の姿は見ていない。
何故なのか。それは蓬莱堂が他とは違う珍しい物、いわくつきのものを主に扱っていることだ。
店の中にはエレキテルなどのかわりに怪しげな本や妙な表情のお面など、怪しげなものが並んでいる。
余程の物好きでないかぎり、この店に客が寄りつくことはない。
「あとは、俺の噂のせいもあるだろう」
顔を上げた璃兵衛の瞳は狐の嫁入りの空や嵐が去った後の海を思わせる美しさと恐ろしさを写し込んだ、実に不思議な色をしていた。
「この世のものでないものと契約した、あまりにも呪われすぎているせいであの世から返された……どれもなかなか面白い」
なんでもないことのように話す璃兵衛だが、その内容は聞く者が聞けば悪口も同然のものばかり。
これも客が寄り付かないもうひとつの理由だ。
「面白いって」
「お前も、あながち間違ってはいないだろう」
首を傾げてみせる璃兵衛に渋い顔をしていたレンはどう答えていいものか悩んだ。
「まあ、いい。そんなことよりも、これだ」
璃兵衛は不満げに言いながら、レンから目を離すと読み終えたばかりの箔押しの装丁がされた本の表紙を開いた。
表紙を開くとそこには赤い見慣れない文字が並んでいた。
「なんだ、それは」
レンは眉をひそめた。
なにが書いてあるのかまではわからないが、よくないものが込められていることだけはわかる。さらに本文は赤いインクを使っているようにも見えるが、それは血を使って書かれたものだった。
「気味が悪い……また押し付けられたのか」
「そう言うな。このようなものがあっては安心して夜も眠れないのだろう」
璃兵衛の店に客は寄り付かないものの、いわくつきのものを手離したい者が訪れては気味の悪いものを置いていくのだ。
レンからすれば押し付けのようにも思えるのだが、押し付けられた璃兵衛は夜も眠れないどころか、目を輝かせているのだからなんとも言えない。
「それに安心しろ。これは偽物だ」
「どうしてわかる?」
「文字は血で書かれたもの、内容も人を呪うものだ……けれど、これが本物の最後まで読み終えた者が死ぬ本なら、どうして俺はここにいる?」
残念だと深くため息をつく璃兵衛に、レンは呆れたように言った。
「残念って……お前はもう少し自分のことを気にかければどうだ」
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