令和のタヌキ

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2020年11月29日の出来事だ。 朝起きると、家の壁がなくなっていた。もう正確に言おう。僕はアパートに住んでいて、もちろん同じ階に他の人も住んでいる。その隣人さんと仕切る壁がなくなっていたのだ。なくなっていたと言うより、透明になっていたという表現の方が正確だ。 僕のアパートは1人暮し用なので、お隣さんも1人暮しだ。しかも女性だった。何度か見かけたことはあったが、全く会話はなし。見かけただけの印象では地味で目立たない印象だ。 だが彼女が存在感を放つ時がある。それは洗濯物を干す時だ。彼女がベランダに洗濯物を干すと、柔軟剤の香りが僕の部屋にまで漂ってきた。あの地味な見た目からは想像できないほど強烈で妖艶な香りだった。 その妖艶な香りは僕をベランダの外にまで連れ出した。そして僕は彼女がさっき干した物を覗くことになる。ベランダの仕切りの隙間を掻い潜って見えてくるのは、濃い青色で派手なレースがついた下着だった。しかも面積が狭い。 あの地味な印象の女性がこんな派手な下着をつけているところを、僕はいつも想像する。1人暮しの壁の向こうで、それが実際に行われていると思うと、興奮しないわけにはいかなかった。 その壁が透明になったのだ。壁の向こうでは隣人の女性がベッドに座って本を読んでいる。モコモコしたベージュの部屋着を着ていて、化粧をせずメガネをかけた地味な印象は変わらない。彼女にはこっちが見えていないようだ。こっちが透明な壁越しに見ていることにも気づいていない。 小一時間ほどそうしていると、彼女は立ち上がり、着替えを始める。部屋着の下には、ただの布を下着の形にしたような更に地味な下着をつけている。彼女はそれもとってしまう。下着の下には小ぶりな乳房と、すこし濃いめの陰毛が姿を現す。そしてベランダに干していたあの派手な濃い青色の下着に身を通す。 その下着をつけた瞬間、彼女は一段大人になったように見えた。肌艶が出てきて、乳房やお尻が少し大きくなったように見えた。そしてその上から身体にピッタリと吸い付くようなニットを着て、彼女はどこに出かけて行った。彼女の部屋には、彼女が読んでいた本が静かに置かれていた。 それから15分ほどして、透明な壁が元の白い壁に戻った。彼女の部屋は見えなくなる。その代わりに一匹のタヌキが姿を現す。タヌキはノソノソとドアノブを開けて外に出て行く。 そうか、あの透明な壁はタヌキが化けていたのか。タヌキが化けるって、昔話だけじゃなかったんだ。この令和の時代でも、タヌキは化ける。何に化けるのか、それはタヌキ次第なのだ。 タヌキを追いかけて僕は急いで外に出る。ドアを開けると、隣人の彼女が部屋に入ろうとしているところだった。「こんにちは」と僕は声をかける。「こんにちは」と彼女も返してくれる。それだけで会話は終わる。だけど、見えない壁が無くなった気がした。タヌキの姿はどこにもなかった。
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