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~私の相性~
母親になるのは当然で、実感こそ沸かなくとも体はそれを強く主張する。
夜ご飯の調達をするにもこれほど疲れるのだ――常に吐き気と、倦怠感が混ざったような苦しみが私の身体中を蝕むなんて、つい数ヵ月前は思わなかったはずだ。
よっこらせ、と私は河原の近くの坂野原で腰を下ろし、もう沈みかけている夕日を眺めた。少女時代に憧れた青春さながらのワンシーンは、大人になった私にも多少のノスタルジックを与えてくれた。
「これからどうしよう」
それは私の口から飛び出た、不安を具現化…いや、エネルギー化したものだった。
なにがどうしよう、なのか?
…私の胎内に揺蕩う稚児は、もう時期父親のいないことに多少なりともショックを受けるだろう。かつての私がそうだったように。
幼いうちからそうならば、それは子にとって当然となる。が、日曜参観の時は?父の日は?必ず「なぜ父がいないの?」と聞いてくる。それを理解できる年ならば私も悩むまい。しかし子というのはわからないものを、純粋に訊ねてくるから怖い。
そして私はうっかりとこう言うのだ。「あなたが生まれたから、それが嫌で逃げたのよ」…と。例え事実であろうが、言ってはならない禁句。が、私は母の子ゆえにうっかりと口にしそうで怖い。
私がかつて一度訊ねたとき、母は丁度仕事終わりで疲労困憊していた時だった。母の性格はやや横暴で真直で、それでいて相手の気持ちを気遣うことが苦手で…ズバズバ言う性格だったからか。
母は先ほどと全く同じことを言って、それから私は父のことを口に出さなくなった。母はその時のことを覚えていないのか、それとも事実だからか。
撤回も、弁解も、本来あるべき私に向けての恨みさえ…その全てを見せずに翌日、笑顔で朝食が出された時には私は一種の恐怖心を覚えたものだ。
そんな風に私も答えてしまったらどうしよう?子供に責任と罪を無理やり着せてしまったら、私は?
恐らく生涯唯一無二の宝となる宝石に、私は見えない傷をつけてしまうのが怖い。そしてその傷が、大きくなるにつれ広がっていって、それを隠したばかりにもっと広がっていってしまったら。もっと言えば、それに私がずっと気がつかず、生涯を終えてしまったら…?
はぁ、といったため息はカラスの声にいとも容易く掻き消されてしまい、それが私の鬱憤まで消してくれるかと一瞬期待したが、空はそれを拒むように一層暗くなっていくばかりだ。
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