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地面に足をつけている筈なのに、ふわふわとして不思議な感覚を覚える。
辺りは暗く、目を凝らしても何一つ見つけることが叶わない。
恐らく僕は――また夢を見ているのだろう。
耳鳴りのように、潮騒のように、遠くから何かが聞こえてくる。
――せ。
――んだ。
何を言っているのか聞き取れない。けれど誰かが僕に何かを呼び掛けているのだと、それだけは何故だか理解することができた。
耳を澄ましてもう一度その声に耳を傾ける。
――せ。
――を、――ろせ。
その声は徐々に大きくなってゆき、だんだんと何を言っているのか聞こえるようになってきた。
でもどうしてだろう。声が大きくなってゆく度に僕の心はざわついて、ここから離れたほうがいいのではないかと、そんな不安にかられてしまう。
離れたい。
それなのに、足が動かない。
声も出すことができない。
――ころせ。
――あいつを。
その言葉を聞いた瞬間に、僕の心臓は跳ね上がる。
そのまま息が止まってしまうかと思った。
逃げなきゃ、ここから。
そう思って動かない足を引きずろうとすると、目の前に気配を感じた。
誰だ、そう言いたいけれどやはり声が出ない。
僕の前に誰かが立っている。
それはきっと、前にも夢で見たあの人に違いない。
「あいつを、ころせ」
無理だ。僕は首を振って拒否の意志を示す。
足が動くのなら今すぐこの場から逃げるのに。
声が出るのなら大声で嫌だと叫ぶのに。
顔の見えないその人は一歩進みよると僕の顔をまた掴む。……前の夢と同じように。
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