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「あいつを――あのヴァンパイアを」
「アインハルト・フォン・ヴェルシュタインをころせ」
今度ははっきりと、言葉になってそれは聞こえた。
「むり……だ。そんなの、できない」
血を吐くほどの気力を振り絞って、僕はようやく声を吐き出す。
「やれ」
「嫌だ、そんなの……嫌だ!」
僕は必死にその相手の襟首を掴むと、そのまま突飛ばそうと試みる。
けれど目を開いた瞬間に、僕は自分の目を疑った。
「うそ……」
僕の手は、アインさんの首を絞めている。
そして僕に締められるアインさんの表情は絶望の色に染まっていた。
嘘だ。
そんな事ってあるわけがない。
だって、僕がアインさんを殺そうとするわけなんかない。
こんなのはうそだ。
夢だから、全部うそだ。
嘘だ、早く夢から覚めて欲しい。
嫌だ!
「うわああああああああああああああああああっ!!」
飛び起きた自分の声で、正直僕は驚いた。
勢いあまって、ベッドから落ちそうになる。僕は慌ててベッドのヘッドボードにしがみ付き、なんとか体を支えた。
不自然な態勢を立て直そうとすると、ぽつりと絨毯にシミが滲む。
それは流れ落ちた僕の涙だった。
暫く息を整えた後、自分の手をまず確認する。
首を絞めた夢の感覚が残っているような気がして、手が震えて止まらなかった。首からは冷たい汗が流れ落ちる。そこで我に返ってみると、思いのほか僕は汗びっしょりになっていた。
多分、とても夢見が悪かったからだろう。
大丈夫、夢だった筈だ。絶対夢の筈だ。
部屋を見回しても何ら変わったところはない、いつもの僕の部屋だ。
はたはたという布音に振り返ると、半分だけ開けた窓から風が入ってカーテンをはためかせていた。
疲労と眠気のあまり、布団もかけずにベッドの上で寝ていたから変な夢を見てしまったのかもしれない。
きっと、そうに違いない。
でも……。
僕はもう一度あの夢を思い出す。
自分の顔を掴んだあの手と、あの声。この前みた夢と同じ人だ。
僕が見たのは夢に違いない。
でも……。
僕の戻らない記憶の中にその答えがもしもあるのなら。
僕はこれから、どうなってしまうんだろう。恐ろしくて考えたくなかった。
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