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アインさんは心配だからと、僕を部屋までわざわざ送ってくれた。
同じ家の中だから心配し過ぎだとも思う。けれど断る理由もないので僕はアインさんと部屋までの短い距離を無言で歩く。
「あの……」
もうそこが部屋という所だった。
大分悩んで、僕はアインさんに向けて呼びかける。
「どうしたんだい? 聖弘君」
珍しく名前の方で呼ばれたから、逆に僕の方が驚いた。――もっとも、聖弘が本当の名前かは分からない。
「アインさんは、誰かを殺したいほど憎いと思った事はありますか?」
迷っていた質問を、思い切って言葉にする。
一瞬、アインさんがごくりと息を呑み、そして微かに笑ったのが分かった。
「そうだね……全くのゼロではない。……でも、もうずっとずっと、昔の事だよ」
その笑いはどの感情から来たものだったのかは分からない。
「何か君の中に不安な事でもあったのかい?」
心配そうにまた訊ねられた。
「いえ……それが自分の感情なのか分からない事があって。ちょっと心配になってしまっただけなんです」
僕は慌てて誤魔化すように答える。流石に本当の事は言えない。少なくとも今は。
「じゃあ、お休みなさい」
ドアの前で僕はアインさんにお礼を言った。
「お休み。――それから」
ドアを開けようとする僕の後ろからアインさんの声がする。
「君は優しい。誰かを傷つけようなんて絶対に考えるような子じゃない」
「アインさん……」
振り返った先に、優しく微笑む人がいる。
「だから、安心しておやすみ」
僕が扉を閉じきる最後の最後の瞬間まで、アインさんの眼差しが僕を見つめていた。
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