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「きょっぴー、いいよね? せっかくだからボクと一緒に行こう?」
ヴィクターもその辺は察しているんだろう。僕を気にさせないよう、ことさら明るい声で僕に言った。
「……はい、じゃあぜひ」
そこまで心配されているのに意固地になるのは申し訳ない。僕は素直にヴィクターと買い物に出ることにした。
それに、確かに気分転換をするのもいいかもしれない。
気持ちが楽になったら、あんな夢を見ないで済むかもしれないし。
◇ ◇ ◇ ◇
遅い朝食を済ませた後で、僕はヴィクターと一緒に買い物に出発した。
外に出て初めて気づいたのだけれど、今日は風が強い。空を見上げるとびっくりするほど雲の動きが早かった。
「なんか、台風来てるらしいよ。だから今夜はウチもディナータイムはやらないんだって」
「台風? こんなに晴れてるのに?」
さらりと言ったヴィクターの言葉に僕は驚いて訊き返す。
だって、こんなに青空で太陽も出ているというのに。
「風強くて、雲の動き早いでしょ? じきに天気が変わってくると思う。夜になるころにはかなり近づいている筈だから」
スマホで天気予報を確認しながらヴィクターはもう一度言った。
言われてみれば、この風、ただの風じゃない。……少し湿気を含んだような、嫌な風だ。
「もしかして、買い物っていうのは」
料理で使うものなら業務中に散歩のついでになんか買いにはいかないだろう。
「そ。念のために台風対策で使うもの買ってきて欲しいって。……でも、遅くなると危ないから遅くなる前に帰ろうね。お店も今日は早仕舞いするって」
ぴらりとヴィクターがポケットから出した紙を広げてみせた。そこには『買うものリスト』が記載されている。
養生テープ、ブルーシート、非常用のライトや電池などなど……。
営業が終わるのを待って買い物に出ようとしたら、その前に台風がやってきてしまう。
「とはいっても、時間はまだ十分にあるはずだから安心して。せっかくだからさ、山下公園寄り道して行こうよ」
ヴィクターが気を遣って言ってくれているのを感じた。
この前エミリオさんと中華街に行ったときは横目でちらっと見ただけだったんだっけ。船が停泊していて格好良かったと思った記憶がある。
「……うん。そうですね。実は僕、前から公園の中を見たかったんです」
きっとアインさんもそうした方がいいと言うだろう。
僕はヴィクターの言葉に頷いて、笑った。
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