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◇ ◇ ◇ ◇
「あれ……」
白い壁が見えた。
暫く考えた後でそれは壁ではなく天井なんだと気付く。よく見れば少し年季が入ってはいるけれど、その割には白くて綺麗な天井だと思う。
きっと、毎日綺麗に掃除されているに違いない。
ちらちらと視線を巡らすと、腰壁のある洒落たアンティーク調の内装が目に入った。ベッド、木机、それにクローゼット、全てデザインに統一感がある。きっとかなりのこだわりを持って家具を選んでいるのだろうと思った。
さらに周りを見回せば、大きめに作られた窓枠には上品なカーテンが吊り下げられている。
(なんだか、ホテルみたい)
そして僕は今、ふかふかとしたものに包まれているみたいだ。……いや、これは多分ベッドの布団だ。どうやら僕は今、ベッドで寝ている。
そこまで考えて気付いた。
僕は一体どうしたんだっけ?
真っ暗になる直前に見たのはお店の人たちの驚く顔だった。その前は……楽しそうな声と美味しそうな臭いにつられて、通りがかりのお店に足を踏み入れたんだった。
あれからどうなったんだろう。
ゆっくり身体を起こそうとすると身体が酷く痛む。どうやらあちこちに痣が出来ているらしい。
「気が付いたかい? 無理はしないほうがいい」
「うわぁっ!?」
急にすぐ横で声がしたのものだから、驚きのあまり飛び退く。ゴツンと鈍い音がして目から星が出た。……どうやら壁に後頭部を打ち付けてしまったらしい。
「ちょっと君! 大丈夫かい!?」
慌ててその人は僕の事を覗き込む。
――滅茶苦茶美しい。
性別を超越する美しさというのだろうか。艶やかな黒髪に非の打ちどころのない整った顔立ち、涼しげな瞳。そして長身でバランスのいい体型。
もはや人間じゃない。神様とか天使とか、もしも存在しているのならこういう人の事を言うに違いない。そんな男性だった。
「御免、御免。驚かせてしまったようだね」
その人は僕をゆっくり支えると、もう一度元の位置まで戻す。腰まで布団を掛けなおしてくれた時にこちらを見て微笑んだ顔がまた綺麗で、僕は気恥しさのあまり、思わず俯いてしまった。頬が熱い。
「もしかしてどこか具合が悪いのかい? 入ってきたと思ったらそのまま倒れてしまったから……」
その様子を見て、どうやら僕が具合が悪いのだと勘違いしてしまったらしい。
とても綺麗な人なのに、可笑しいくらいに大慌てでおろおろしている。そのギャップが可笑しくて、思わず僕は噴き出してしまう。
「君の名前を聞いてもいいかな? 連絡先を教えて貰えるなら家族に電話を……」
――と言われた事で、ようやく僕は『それ』に気づいた。
「僕は……誰?」
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