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嵐の前の静けさ
山村さんご夫婦の声を背にお店を出た私達は鈴木研究員が呼んでくれたタクシーで、お父さんのお店に帰ってきた。
お店では丁度お父さんが接客してるとこだった。
「有難うございましたー。いらっしゃいませ…って何だ、雅と鈴木か」
お父さんにそう言われながらタクシーを降りた私に続いて鈴木研究員が言う。
「運転手さん、少し待っていてください。直ぐ戻りますので」
「はい」
運転手さんの返事の後、鈴木研究員もタクシーを降りた。
「千夜くん、お久しぶりです。せっかくですから、ケーキ買っていきますよ。おすすめは何ですか?」
「全部だな。…と言いたいところだが、今なら夏限定のレモンタルトを薦めるぜ」
「じゃあ、それ1つ下さい」
「ああ、解った。お代は要らねーぜ。今日、雅とデートしてくれた礼だ」
「良いんですか?」
「ああ、保冷剤入れとくけど、早めに食って…本日中にお召し上がり下さい」
てっきり、お父さんの事だから、「嫌なら始めから言わねーよ」って言うのかと思ったけど、そこは流石、接客業。
話してる途中からは、他のお客様が来たのも有って、かなり言葉が変わった。
そして、財布を取り出そうとしてた鈴木研究員も、それを察してか、忙しいのもあるのかそれ以上は言わなかった。
お父さんがレモンタルト(何と2つも!)と保冷剤を入れた紙箱を鈴木研究員が受け取る。
「いただきます」
「はい、有難うございましたー。又、お越し下さいませ」
再びタクシーに乗り込む鈴木研究員を見送るお父さんの台詞は、普段とはまるで別人みたい。
ただ、タクシーの中からお父さんと私に会釈した鈴木研究員を見詰める眼差しは、何処か暖かかった。
営業時間じゃなければ積もる話も出来たと思うけど、そこはお父さんも鈴木研究員も割り切っているみたい。
良いなぁ…男性同士の友情って。
私はそう思ってタクシーが去っていった方を見ていたが、洗濯物の取り込みと自室の掃除をするのを思い出し、接客しているお父さんを尻目に家の中に入る。
『高校生活、楽しんで下さいね』
家事に精を出す私の心には鈴木研究員の残した言葉が暖かく根付いていた。
日曜日を挟んだ月曜日。
いつものように学園に向かっている私は、校門付近まで歩いて、桜子さんの取り巻きを発見した。
この人達は何時位から待っているのかな。
不意にそう思って歩いていると、いつものように後ろから車の走る音が聞こえてくる。
桜子さんの車かなって思ったら、車は私を追い抜かず直ぐ横まで来て停まった。
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