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1909 in London
『土曜日の夜は空いてるか? クイーンズ・ホールでドビュッシーの公演があるんだけど、一緒にどうかな』
もしこれが気の置けない学友から届いた手紙なら、迷わずYesと返しただろう。ついでに夕食を取ることも提案し、我が家に一泊するよう勧めたはずだ。
あるいは、大学の恩師が自分の娘を誘わせるために送ってきたものなら、やはり同様にYesと書くほかなかっただろう。罪なき淑女に恥をかかせるのは本意ではない。Noを突きつけられるのは男であるべきというのがこの国の主張だ。
しかし、私はYesを躊躇していた。
『──敬意を込めて。エリオット・G・ハーバート』
差出人の姿を思い描くように、冒頭からサインまでを幾度も読み返して、ついにペン先を便箋に下ろす。声をかけてくれたことへの感謝と、その日は姪との先約があって出掛けてしまうという言い訳を添えて──大いに迂遠なNoを綴るために。
「ねえグレイ、あなた本気でビオラの誕生日会に行かないつもり? 叔父さまのためにソナチネを弾きますって手紙に書いてあるのに」
母親の呼び声が手を止めさせた。壁の向こうから手元を覗いていたかのようなタイミングだった。扉は開けず、顔も上げずに、ペン軸で頬を叩きつつ返事をする。
「行かないよ、レティが嫌がるだろうから。彼女、グレイ・バーソロミュー・サヴィルがいくつになっても独り身なのはよからぬ趣味があるせいじゃないかと疑ってる」
「どういうこと?」
「一家に潜む小児性愛者によって、かわいい盛りの我が子が脅かされるかもしれないと警戒してるんだ」
「まあ、やだあの子ったら! ビオラが大事なのはわかるけど、冗談でも言っていいこと悪いことがあるわ。弟をそんなふうに侮辱するのは許しませんとお母さんから伝えておきます。あなただって疚しいことは何もないんでしょう、グレイ?」
「これ以上ないほど清廉潔白さ」
少なくとも、その疑念に関しては。心休まる土曜の夜に、6歳になる姪のご機嫌取りで疲弊せずに済むのはむしろ喜ばしい。
そう。揺るぎなきこの大地を蹴り、わざわざ波立つ海に飛び込むなんて馬鹿な真似はするものではない。けれど海というのは恐ろしくも美しく、時に人を魅了して、抗うすべを奪い去るのだ。
くだらない言葉を紡いでいる間に便箋には大きなインク染みができてしまったので、私はそれを破り捨て、Yesと書くべきかどうか悩むところからやり直す羽目になった。
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