クリームソーダの頃

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 翌日の放課後、半ば放心状態で俺はギターを弾いていた。そんな状態で弾いてまともな音が出るはずもなく、後輩たちからは怪訝な顔で見られる。 (昨日のですっかり調子が狂っちまった……帰るか)  居心地が悪くなった俺は、部室から飛び出した。  学校の玄関で外靴に履き替えていると、後ろから肩を叩かれた。 「冬ちゃん! 良かった、間に合った」 「……孝輔」  俺は思わず目をそらした。 「昨日の……見てたよ」 「えっ?」 「冬ちゃん、この後空いてる?」  孝輔に連れられ、たどり着いたのはいつも使っているライブハウスだった。 「なんでライブハウスなんかに……」 「こういう時は、人生の先輩に聞くのが一番いいじゃん」  そう言いながら、孝輔は扉を開けた。 「マスター、来たよ!」 「あら、くんとくん。今日出番だったかしら?」  見た目は普通のバーテンダー――髭なんか生やしてかなりの男前――なのに、話す言葉は女言葉。俺たちがライブハウスとして使っているこの店は、実はバー。ライブハウスはいわばついで……バンド好きなマスターのおかげで使用料を取られることなく、俺たちは演奏することが許されていた。 「いや、今日はマスターに会いに来ただけ。たまには顔見たいじゃん。昨日は最後の学祭ライブだったし」 「昨日で最後だったのね、お疲れ様。くんとくんは、今夜は来ないの?」 「今日は俺たちだけ。ねぇ、クリームソーダ二つちょうだい! アイスクリームたっぷりで」 「勝手に頼むなよ。アイスたっぷりとか、ガキじゃあるまいし」 「いいじゃん、冬ちゃん。甘いもの食べると元気になるよ。ヤケ酒の代わりになるしね」 「お前が食いたいだけだろ」  俺が呆れ返った声で言うと、マスターはくすくすと笑った。 「あらあら、うちはバーなのよ。けど、しょうがないわね……高校生にお酒を飲ませるわけにはいかないし。アイスはカクテル用に買ったのがあったわね」  マスターは冷凍庫からアイスクリームの箱を取り出し、すぐに二人分のクリームソーダを作ってくれた。  こぼれないように、スプーンでアイスを静かにすくって食べる。甘いアイスと爽やかな炭酸の味が口いっぱいに広がった。 「そういえば、こうすけくんはいつもとうやくんのことを『冬ちゃん』って呼ぶじゃない? 何で『冬ちゃん』なの? 冬生まれだからとか?」 「冬弥って、季節の『(ふゆ)』に、弥生(やよい)の『()』って書くから」 「あら、きれいな字書くのね。今度から私も冬ちゃんって呼ぼうかしら。こうすけくんはどういう字を書くの?」 「親孝行の『(こう)』に車へんの『(すけ)』」 「じゃあ、孝輔くんは(こう)ちゃん? かわいくていいわね」 「俺はいいよ。冬ちゃんだけで」  二人のやり取りはもちろん聞こえている……だが、今の俺にとってはどうでもいいことだった。二人に俺のことを何と呼ばれようが、マスターが孝輔のことを何て呼ぶかなんて……まるで上の空。昨日の光景が頭から離れず、何度も頭の中で再生される。 「そう? じゃあ、早速……その様子だと冬ちゃん、何かあったの?」 「マスター、勘が良い。コイツ、昨日の」  あまりにもはっきりと、孝輔の言ったたったが俺の耳に響いた。 「おい、孝輔!」  その様子を見たマスターが再び笑い出した。 「あら、良い経験したじゃないの。何にも恥じる必要なんてないのよ、冬ちゃん」 「マスターまで……俺のことをバカにしているのか?」 「いいえ、恋は甘いだけじゃないのよ。炭酸のようにはじける恋もあれば、コーヒーのように苦い恋だってある。沢山恋をして、いい男になりなさい。どうせなら、『あの時あなたにしておけばよかった』って、いつか言われるようにね」  あれから、約十年。マスターのいう「いい男」に俺はなれただろうか。ヤケ酒の代わりに飲んだクリームソーダのあの味が、今も俺の中に焼きついている。
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