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「社長、おはようございます!彼が高瀬です。」
社長は、真ん中の椅子に座り誰かと話しているようだった。
上司の後ろから、少しだけ顔を出して、その様子を覗き込む。
「あ!」
「え?どうしたんだい、高瀬くん。」
小さな声で、心配そうに上司が尋ねる。
なんと社長と話していたのは、今朝ホームで見たあの女性だった。
「あ、いえ、あのなんでもないです。」
思わず大きな声を出してしまったことが恥ずかしくて顔を赤らめる。
「あー伊藤くん、ありがとうね。ここまで連れてきてくれて。こちら、大鞍商事のお嬢さん、大鞍叶さん。」
「どうも。」
足を組んだまま、椅子に座り込んで、こちらを見ることもなく、小さく挨拶をする。
その態度の大きさは、間違いなくあの駅で見かけた人だ。
「おお、大鞍商事のお嬢さまですか?!あ、ええと、そのような方が一体こちらにどうして…。」
もう汗を拭くことすら忘れて、上司が心配そうに尋ねる。
「あーいやね、僕と大鞍くん、つまり叶さんの父に当たる人だが。幼稚舎からの同級生でね。今回、彼に頼まれて、叶さんをうちで一定期間働かせてくれないかと。」
「はっいや。その、なるほど…。」
「あたしは絶対に嫌って言ったんだけど、どうしてもってお父さんに言われて。これをやったらなんでも買ってくれるっていうから、仕方なくね。」
もう一度大きなため息をついて、彼女は椅子にもたれかかる。
「はあ、左様でございますか…。ええと、それで、その高瀬は…。」
自分の名前を呼ばれて、ハッとする。
「あー特に理由はないんだがね。ほら、せっかくだから、一番普通な感じの社員の元で仕事ができたら、今回お父さんから頼まれたこの件も実りあるものになるんじゃないかと思ってね。」
(普通な感じ…?)
「は、はいなるほど。」
上司はもう緊張で話が入っていないのか、目が泳いでいた。
俺は、「普通」と呼ばれたことにちょっとイラっとしながら、もう一度彼女をみる。
口を尖らせて、こちらを意地でも見まいとするその態度はもはや感心するほどだった。
(ていうか、じゃあ俺の部下になるってことか?!この令嬢が?!)
俺の平和な日常が終わる、と焦って前に出る。
「社長!あの…大変申し上げにくいのですが、私自身まだ新米ですし、このような方を指導できるような立場じゃないので…。」
「きみ、私たちの決定に意見するのかい?」
強い圧力を発しながら、社長が俺に対して微笑む。
「いえ、そういうわけでは決して…。」
「まあ、とりあえずね。始めて見て、もし叶さんが他の部署が良いってなったら、その時はまた改めて選定するからさ。よろしく頼むよ。」
有無を言わさず雰囲気に、俺も黙り込む。
「えええと、ではいつから大鞍さんの勤務は始まるのでしょうか…。」
「今日だよ、今日。せっかく来ていらっしゃってるんだから。ね。」
「ほんとよ!乗りたくもない電車にまで乗せられて、やってられないわ!」
怒りのあまり、椅子を蹴り上げるのではないかと思うくらい、彼女は不機嫌だった。
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