奇譚遊戯

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手練手管で男を転がし続けたからなのか、そもそも私たちは色恋と縁遠い人間たちなのか。花扇の言葉は、どこか私と同じような境遇を嘆いているように聞こえた。見世は違えど似たような立場の者と話すことは初めてだ。 この廓を上り詰めてしまった、上らなければならなかった。はじめて対等に話ができた気がする。 「……はじめて人を愛しちまったのは、この廓の中よぉ。御法度だとは知っておったが、髪結いに想いを寄せてなぁ。今思えば、あの男のなにが良かったのか、ってんだけど、愛とはそういうもんじゃろぉ?」 九郎介稲荷の前で手を合わせるでもなく、花扇は突如として語り始めた。好かねぇと思っていたこやつが、私の前でこんな表情をするとは考えてもみなかった。 「まァ、身に覚えがねぇってんのは嘘になる……」 「それがどうよ。己の力で殺しちまうってゆうのはよ!」 はッ、と乾いた笑みを吐き捨てる花扇。 花扇が鬼と呼ばれる所以がもうひとつある。この女に関わった者はことごとく死を与えられているということだ。私が知っている話だけでも、数件の身請けが御破産している。すべて、相手の旦那が死んでしまったという理由だ。 京町一丁目の大見世の話がすべて江戸町一丁目に流れてくるとは思わない。私が知らない話もあることだろう。現に今、花扇は自身の情夫を殺したと言った。 「……はじめて殺しちまったのは、愛しい弟よ。可愛くて仕方がなかったあの子を死に至らしめた。おっかさんは私を怖がってなぁ、いんや、憎んでいたのかもしれん。私のことを女衒に売り飛ばしたんだ」 傷心に浸る花扇。こんな話を床で客にしていたとは思えない。いつもしゃんなりした身体付きが縮こまる様は親近感を覚えてしまった。 泣くまでもないが堰を切ったように吐露されるその言葉たちを、雨粒に流されないようにしっかりと受け止めたいと思う。話せないことが辛いというのは身に覚えがあるからだ。 「……江戸町一丁目に住んでいて噂を聞くことがあるが、おまえさんはどうやって人を殺すんだい?」 「それがのぉ、身に覚えがないんじゃ。弟のときもなにもなかった。生まれてこのかた、誰ひとりとして手を出したことがない。説明がつかぬが、人智を超えた力よ。前世でなにか悪いことでもして、御天道様に授けられんしたかねぇ」 フッ、と悲しく笑った花扇。 酷く、恐ろしく、美しい笑みだ。人の心を簡単に引き摺り込んでしまう。あぁ……これが天下の御職か。一瞬にして花扇に身を焦がしてしまいそうになる。 「御稲荷さんに手を合わせようとも、この力は離れんのじゃ。気味が悪ぅて仕方がねぇ」
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