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御簾紙を膣から取り出し一呼吸する。三ツ布団の上でいびきをかきながら寝る旦那。そりゃあ、欲を吐き出せばよく寝られるだろう。
私は床着を直しながら、布団から這い出た。
花魁という立場になって楽になったことは、夜、一人だけ相手をすればいいということだ。客が寝てしまえばあとはどうにでもなる。大門が開き茶屋の者が迎えにきたら、後朝をすりゃいいだけ。
まだ新造の頃は、一晩に何人もの客を相手にし、廻していたもんだ。腰が痛い、身体が軋むなんて昔に比べれば大したことない。
親父様が登楼した日から幾日か経った。花扇と話をしたのももう昔のように感じる。猫の爪のような月も今じゃ、でっぷりと肥えておる。
花扇も今頃、客の腕の中で夢を見ているのだろうか。弥吉のおかげで、私と花扇の関係は周知のものとなった。一番反発したのは、勿論夕凪だ。
私を慕っているからこそ、鬼の噂を盾に取り、京町一丁目に行くなと捲し立てた。
「……そうは言ってものぉ」
秘事を共有すると仲は深まるとはよく言ったもので、私の中で花扇がしめる割合は確実に増えていっている。それは、夕凪が情夫に熱をあげるのと似ているのかもしれない。さすがにそれを口には出せなかったが、大切に育てた夕凪を無下にしてもなお、花扇を想うて仕方がない。
「花魁、よろしいでげすか?」
煙管盆を足元に置き、煙管を口に含んでいれば、そんな男衆の声が聞こえてきた。そろり、旦那を見ればしっかりと寝ており、私は声のしたほうに足を進めた。
障子の外でこうべを垂れた男衆がいる。いつもなら床入りの最中に呼ばれることはない。なにかあったのかと腰をかがめ、男衆に近付く。
「なにか問題でも?」
「夕凪さんが客を振って情夫のとこに」
「……どこまで知られておる? 御内儀さんには知られているのか?」
「いえ。ですが時間の問題かと」
二階廻し(※1)の男衆は親切にも私に声を掛けてくれた。御内儀に告げ口しようとしたらできるものを。
それにしても……夕凪の奴。
「分かった。どうにかしよう。くれぐれも御内儀さんや楼主さんには知られるな。問題を大きくしたくない」
「分かりやした。出来うる限り……」
「旦那を起こしたくない。すぐに戻るが、わっちがいないときに起きたらどうにかしておいておくんなんし」
へい、と頭を下げた男衆の隣を通過し、座敷を出る。足音を立てずに廊下を歩きながら、小さく溜め息が漏れた。
※1 主に見世の二階を担当する男衆。座敷や道具類一切を取り扱ったり、客との性行為から逃げないようなお目付役でもあった
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