奇譚遊戯

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己のことを冬に咲いちまった桜のようだ、と思うことがある。或いは春になっても咲かねぇ桜。どっちも惨めったらしいことに違いはねぇ。 「夕霧……おまえはまさに天女のようだ」 明六ツ。(※1) 漸く目を覚ました旦那は欠伸を携え、寝惚け眼で私の方に近寄ってくる。毛の生えていない頭がつるりと光り輝いている旦那は、どこぞの大店(※2)で金払いだけはいい。満月になるとその額に月が輝く。それに気付いた時、私は腹を抱えて笑い転げてしまった。 あぁ……、私を好いてくれた男を莫迦(ばか)にしてしまうこの苦界が嫌いだ。 「さいざんすかぁ? 主様は天女を見たことがおありに?」 「あまりいじめてくれるな。おまえほどの美しいおなごは見たことがないよ」 「あぁ、そりゃーまことにござんしょうか? 主様に好かれたおなごがいるのかと、わっちゃぁ妬いてしまいそうになりんしたわ」 ここでの生き方は骨の髄まで染み付いている。したたかさを隠し、たおやかな姿を売る。あぶくのような男と女の化かし合い。 なんとまぁ、粋なことで。 明け烏が鳴くこの空を眺めるのが日課であり、私が唯一心安らげる瞬間だった。遠くから朝日が差し込み、薄く白い空に濃淡が表れる。朱塗りの格子がはめられていなければもっと好きになるのだが、こればかりは仕方がないのだろう。 江戸町一丁目に構える大見世(おおみせ)、鈴屋。 私が住むここは廓の中で一番だと言われる見世(※3)だ。だから、この格子が嫌いだなんていう贅沢は言っていられない。明日(あす)、どこかの小見世(こみせ)に鞍替え(※4)だってない話じゃないのだ。それにここに恩義がある。この見世は私のような人間がいていい場所ではない。 それなのに楼主(ろうしゅ)(※5)は私を引き取ってくれた。尚更、贅沢なことは言うまい。 「夕霧」 私の乱れた床着を旦那がひと撫でした。その指先は心底私に惚れているものだ。手に入らないものを愛してしまう快楽は身を滅ぼす。 いくら金があろうとも、廓の女に心酔するのは莫迦のすることだ。 「……舐めておくんなんし」 焦らすように姿を見せる御天道様のように、私は時間をかけて股を開く。ぬるり、光り輝く私の足の付け根に神々しいまんまるの頭が近付く。 ちゅるん、ちゅぽん、と鳴り響く旦那の舌は、紅い格子の外側にいる小鳥の囀りと似ていた。私はその毛の無い頭に手を置き、肩に足を乗せる。むしゃぶりつく旦那の舌は抜き差しを繰り返し、ヒダに沿って動く。 「夕霧、あぁ……なんて美しいんだ」 格子の外から鳥が鳴く。 遊女を籠の中の鳥と言ったおなごがいたが言い得て妙だ。 ※1 江戸の時刻で午前六時 ※2 規模の大きい商店のこと ※3 店のこと。遊女を売る場所であり、居住空間でもあった ※4 遊女が勤め先を変えること。見世にも位があり、大見世から中見世(なかみせ)、小見世とある ※5 見世の主人のこと。親父様
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