二匹の兎

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なにが悲しかったのかわからない。情夫がいないと言われたからか。それとも、少しなりにも夕凪の気持ちがわかってしまったからなのか。私は客を差し置いて花扇に会いに行くようなことはしない。……会いに行ったところで、花扇は私のことを好いてはおらん。 ああ、情夫がおる夕凪のことを少なからず羨ましく思っておるのかもしれない。 私の心に歪むなにか。棄てたはずのなにかが渦巻いて、ぐつぐつと煮えていく。 親父様に入れられたこの場所で、おなごを好いた。叶うはずのない夢を見て、同じ願いを持つ後輩女郎を叱りつけた。慕われていたはずの夕凪に愛想を尽かされたかもしれぬ。 旦那に気を遣わせ……なんてざまだ。 「……ああ、ただの莫迦じゃねぇかい」 底知れぬ苦界に足掻き始めてしまっている。こうなれば、終わっちまうのを知っていた。巣食ってくるなにかに食い潰されてしまう。剃刀で首を切った女郎も、足抜きに失敗し折檻の末に死んだ女郎も、すべて見てきた。 旦那が許してくれた夜なのに、寝れぬうちに開けちまった。空を自由に駆け巡る鳥の鳴き声が聞こえる。そのうち大門が開くだろう。私たちには飛び越えられぬ、あの門。 「花魁」 座敷の外で声がした。男衆の声だ。 ああ、嫌な予感がする。寝れぬ頭に煩い音が鳴り響いた。重い体をどうにか起こし、腫れているような気のするまなこで、障子の外を眺める。 もう嫌じゃ……。もう聞きとぉない。 「……どうした?」 聞かぬわけにはいかぬことは、この野暮な頭でも分かる。布団からどうにか這い出て、障子を開けた。そこには渋い顔をした男衆がおる。 「……亡くなりました」 男衆のその言葉に喉が締め付けられた。 「夕凪!!!」 私の頭を瞬時に駆け巡った夕凪の姿。 私は座敷を飛び出し、走り出す。 私が、私があんなことを言ったもんだから、あやつ心中でも……!おぼつかない足取りで妓楼の廊下を走る。 「…花魁!ま、待ってくだせぇ!」 頭の中にはひとしきり夕凪の死体が駆け巡る。 「……はあっ」 夕凪の座敷の前には誰もいなかった。肩で息を吐くと、すッと障子が開かれる。そこから出てきたのは夕凪だった。 私の形相に驚いたようだが、昨夜のことを怒っているのか、私に背を向ける。 腰から下がへたり込んでしまった。廊下にぺたりと腰を落とし、顔を手で覆う。 あぁ……生きておった。 「……お、花魁、ちげぇんだ」 「誰が、だれが死んだのじゃ……?」 私の早とちりだった。夕凪は生きておる。 息をゆっくりと吸い上げ、私の隣に座り込む男衆に訊く。働かない頭を働かせようとどうにか深く呼吸をする。 夕凪は生きていても、誰かは死んだ。 安堵と懸念が押し寄せる。 男衆から一枚の文が手渡された。
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