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花扇はどうして私と己を似ていると言ったのか、浅草寺の鐘が四ツ鳴ったころも考えあぐねいてしまった。ただの嫌味だろうが、私には引っ掛かって取れない言葉になってしまう。
「鈴屋、夕霧花魁のおなぁりぃーーー!」
暮六ツ(※1)、清掻(※2)の音が妓楼にこだますると夜見世の始まりだ。
大門から水道尻(※3)までを一直線に伸びる仲之町。引手茶屋までを練り歩く吉原最大の見せ物、花魁道中。
道中の先頭を切るのは定紋と私の名が書かれた丸提灯を携えた男衆。続いて金棒引きだ。しゃらん、金棒を鳴らしながら大声で私の名を呼ぶ。その通る声に、野次馬からは歓声がほとばしる。
遊廓一の花魁となったいまでは、彼らがなにを見たいのかどう見たいのか、私はどう見せればいいのかを覚えてしまっている。
伊達兵庫(※4)に結い上げた髪の毛にはこれでもかと簪を挿し、ほかに笄をと、とても重たい。体勢を崩せば途端、無様に転んでしまいそうな幾重にも重ねられた着物。それらはすべて私の血と汗と涙が染み付いたものだ。
「よっ!! 夕霧花魁!!」
張見世(※5)だけを見ていくだけ、登楼(※6)しない素見による声に外八文字(※7)を踏む足に力が入る。三枚歯下駄で彩られた足元が石を踏み付け、ゆっくりと進んで行く。もう数年私と道中を共にする肩貸しの男衆は、まるで私のすべてを知っているようだ。どんな踏み方をしても合わせる力量がある。ひとつの船のように息を合わせ、ゆるり、進んでいく私の花魁道中。
艶やかに赤提灯が染まる仲之町に猫の爪ほどに細くなった月が覗いている。
私と花魁道中を共にしてくれるのは男衆だけではない。悩みの種である、夕凪が近くにいる。
私は夕凪が心中したら泣くだろう。花扇とは違う、同じにされてたまるものか。
「どうされました?」
「……なにがじゃ?」
引手茶屋に付き、花魁道中がひとしきり終わったところ。肩貸しの男衆がそっと近寄りそう言う。
「いや、気もそぞろという感じでしたから。正直なところ今宵のような道中踏まれちゃぁ、困ります」
「……すんませんなぁ。以後気をつけよう」
「座敷にはもう旦那さんが見えられておりやす。どんぞ気をしっかり。いつもの大店の旦那ですよ」
男衆に叱られたのはこれがはじめてだった。私の中に暗雲をもたらしたのは花扇か、夕凪か、分からなかった。けれど、その一言にこれが理由だと悟る。
いつもの旦那、私はこの人が限りなく嫌いだ。私の太客に違いないが偽りなく嫌い。太鼓持ち(※8)の三味線の音、夕凪が私の名代(※9)をしている音、すべてに心の臓を掴まれるような苦しさを覚える。
「あい。愉しみにありんすよ」
いつかこの偽りを続ければまことになろうか?
※1 江戸の時刻。午後六時頃
※2 三味線による御囃子。夜見世開始の合図
※3 仲之町の突き当たり。水路があるわけではなくそう呼んでいる
※4 花魁の位に等しい豪華絢爛な髪型。蝶の羽の様に広がった髷が特徴的
※5 見世の表通りに備え付けられた格子つきの部屋に並び客を待つ行為。遊女を商品とした時、ショーウィンドウのような役割の場所に遊女がずらりと並ぶ
※6 見世に上がり遊ぶこと
※7 道中で行われる独特な歩き方。爪先を内側に向け、それから外へ八の字を書く様に開く
※8 女芸者
※9 代理で客を持て成すこと
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