44人が本棚に入れています
本棚に追加
そのエピソードは、ゲームには無いわね。
でも、わたくしは覚えてる。
五年前。
お兄様が珍しく頬を腫らして帰宅したから。
その日から、何の変哲も無い質素なハンカチを、大事にしている事も知っていますわ。
あのハンカチは、ラベンダーのものでしたのね。
「ほんとは、変なことに巻き込まれないように学園に来るのもやめようかと思ってたんです。
わたし、本来ならクーデリア様に苛められるはずでしたし」
そうよね。
ゲームだとそうなるわよね。
クーデリアは、ゲーム内では王子にヒロインが纏わりつかなくとも、何かにつけてヒロインに辛く当たるのです。
そりゃ、関わりたくないわよね。
「でも、引き取ってくれた両親を悲しませたくなかったし、もしかしたら、お兄様に、会えるかも知れない、って……」
学園を卒業するのは貴族なら当たり前の事だから。
行かないって言うのは、いえないわよね。
お兄様は二歳年上だから、廊下ですれ違うことぐらいはあるかもしれないし。
「学園に入って驚いたのは、クーデリア様に苛められない事でした。
だから、気づいたんです。クーデリア様も転生者だと」
なるほど。
そういうことですのね。
わたくし、とことん二人の事は避けていましたから、当然、虐めなどするはずもなく。
「でも、階段から突き落とされたのよね?」
腕の包帯、痛そう……。
「はい。確かに落とされました。なのでわたし、急いでここへきたのです!」
「わたくしは落としていなくてよ?」
「だからです! つまり、クーデリア様をはめようとしている人がいるはずなんです」
「えっ」
「自覚、無さそうですね? ヒロインはわたしだけれど、クーデリア様はヴァルス王子の婚約者。
わたし以外にも陥れたい人は、いっぱい居るでしょう」
言われて気がつきました。
ヒロインと王子だけ避けて過ごしていましたけれど、そういえば、そもそもラベンダーをわたくしが苛めているといううわさは、どこから出たのでしょう?
虐めなどやっていないし、冤罪をかけられたときの為に証人も多数作ってありますけれども。
もしかして、わたくしはもう破滅に向かってしまっているのでしょうか……?
「でも安心してください。口裏を合わせる為に、こうしてここに来たんです。
わたしは、クーデリア様を助けます。お兄様を、死なせません!」
どうしましょう。
「学園を休めば回避できるのかしら」
「無理だと思います。クーデリア様、一生学園に来ないおつもりですか」
「確かに無理ね……」
「なので、ここは、王子に協力をお願いしませんか?」
「えっ。浮気する人に?」
「いまはまだしていません。そうですよね?」
「そう、なのかしら」
「えぇ。ちょこっと探りを入れましたけど、王子はクーデリア様以外に現在お付き合いしている方はいらっしゃいません。
ゲームでわたしと付き合うことになるのは、たぶんゲーム補正です」
きっぱりと言い切るヒロイン。
どしらにせよ、学園に行かないという選択肢が取れないのだから、もう、協力してもらうしかないのかもしれないわね。
幸い、わたくしが死ぬルートは無かったはず。
もしも破滅から逃げれなかった時の為に、追放されてからも生きていけるように準備はしてきた。
前世ではとても不器用でしたけれど、公爵家での日々の教育の賜物で、お裁縫が得意になりましたの。
国外追放がメインだと思っておりましたから、近隣諸国で他国と多く交流のある小国も見つけました。
あの国で暮らせば、わたくしは裁縫師として生きていけるでしょう。
わたくしが無事なら、お兄様も自害しないはずですわよね?
なら、もう、ラベンダーの誘いに乗ってみるのも一興でしょうか。
最初のコメントを投稿しよう!