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公園の階段を降りると、この前の夜と同じ音が聞こえてきた。 タッ、ターン、タン、タタタタ、タッ、タン 金属で板を打ちつけるような高い音が真夜中の公園に静かに響く。 橋の上には体を揺らしながら、穏やかに、ときに激しく地面を踏み、跳ね、回る人影。 月明かりに照らされて舞うように踊るその姿は、私の胸を強く打つ。 ポツリ、と雨の粒が私の頬に当たった。 雨が降り始めた。 池の水面に無数の波紋が浮かび上がる。 降り注ぐ雨はどんどんと強くなっていく。 それでも彼は踊ることをやめない。 板の上で軽やかに、時に重々しくステップを踏む。 力強く、でもどこか切ないその足音が雨音の中に響く。 すぐ側にある背の低い木の葉に雨の雫が落ちて、小さく弾けた。 「なにやってんの?」 橋の上から彼がこちらに気づいて言った。 「あ......」 彼はゆっくりこちらに向かって来る。 「深夜に徘徊するクセ、治らないんだ?」 目の前にいるのは寒川さんの弟、亮くんだった。 雨で濡れた髪から彼の頬に雫が落ちる。 暗闇の中でも彼の力強い目は鋭い光を放っている。 昼間よりも強く、鋭く。 私はその目に釘付けにされた。 「てか、傘ないの?」 「......え!? あ、うん」 私は我に返ってコクリと小さく頷いた。 彼は目の前に立って、私の顔をじっと見つめた。 そして、包み込むように両腕をこちらに向かってゆっくり伸ばした。 「え......?」 抱きしめられる、と瞬時に思った。 「はい」 気づいたら、パーカーのフードを頭に被せられていた。 「あ、ありがとう」 私は恥ずかしくなり、俯きながら言った。 「とりあえず、こっちに来なよ」 彼はそう言って、池の前の店へと向かっていく。 距離感がうまく掴めないな、と小さく思った。 遠いようで近くて、 近いようで遠い。 私は戸惑いながら、彼の背中を追いかけた。  
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