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賑わう店内に足を踏み入れた瞬間 思わず引き返しそうになる 見知らぬ顔ばかりで緊張が強まる 「予約したんだけど、今日はイベントやってるみたいで、席があんまり空いてないのよ。」 店主と知り合いの彼女が事情を説明する 「そうだったんですね。」 振り絞るように声を出し、作り笑顔を貼り付ける。 「ここのチーズとワインは本当に美味しいから。すっごくオススメ。」 自分一人で来ることはないだろうなと、勝手に思いながら彼女に向けて微笑む。 「あ、お久しぶりです。」 「あら、涼くん!久しぶりね。」 後ろから聞こえる声に、驚きながら彼の顔を見上げる。 ちらりと私を一瞥したその瞳に、一瞬だけ暗い光が宿るのを見た。 「いらっしゃってたんですね。」 「うん。春菜ちゃんにここを紹介したくて。」 「なるほど。あ、栗原涼って言います。先生にはよくお世話になってまして。」 先ほどとは打って変わった爽やかな顔をして、彼が微笑む。 「そんなことないでしょう。お互い様よ。」 「あ、今井春菜と言います。」 慌てて小さく頭をさげる。 「春菜ちゃんは、本当に教えがいのある良い子なのよ。真面目だし、こう見えて貪欲なのも面白いし。そう考えると、あなたと似てるところもあるのかもね。」 すでに少しだけ頬を赤く染めながら、彼女が笑う。 「へえ。それは興味深いですね。先生がそこまで褒める人、今までいたかなあ。」 鋭い視線を感じる。 誤魔化すように、テーブルに置かれたチーズのかけらにナイフを通す。 「それ、美味しいですか?」 「え。」 「僕、すごい好きなんですよね。モン・ドールチーズ。前にフランスに行った時にオススメされて食べてから感動して…。」 試すようにこちらを見る彼の意図を読み取ろうとして頭が痛くなる。 「ああ、そうなんですね。確かに、すごい、美味しいなってこればっかり食べちゃいます。」 「あら、そんなに好きだったの?それじゃあこれ買って帰る?お家に帰ってからも食べたら良いじゃないかしら。」 そう言って彼女が席を立つ。 親しげに店主の元へと駆け寄り、注文をしていた。 媒介役の彼女を失い、私と彼の間に何も繋がるものがなく、沈黙が落ちた。 「あの、戻らなくて良いんですか?」 そういえば誰と来ているのだろうと思い、思わず口走る。 「ああ…。大丈夫ですよ。それより、ワインお好きですか?」 「え…まあ。アルコール弱いのであまり飲めませんけど…。」
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