CLINGY

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いつからか覚えた違和感を拭い切ることができないまま歩き続けた。 他人との差に気付いた時はいつだったのか。 だけど、歳をとるにつれて、それが「普通」なのだと思うようになった。 今でも足は重いし、頭は痛い。 突然の耳鳴りだって治らない。 だけど、それはそのままで、もうどうしようもなく私という個性だった。 例えば、それを消し去ることのできる薬があると言われて、 果たして私は喜んでそれに手を伸ばすだろうか。 きっと、背を向ける。 弱いままでも痛いままでも、浮いたままでも、沈んだままでも 変わることなく歩いていきたいと、それが間違いじゃないのだと。 そんな独白をポツリとこぼす。 入れたてのコーヒーカップから湯気が立つ。 まるで娘を見ているのかように、微笑んでいるその視線が眩しい。 外はどうしようもないほどの晴天で、何かしなくちゃと焦燥感を掻き立てる。 それでも、この人はその変わらずに寛容な笑顔を向けるのだろう。 「どうした?」 「別に…」 「ミルクの量それくらいでよかった?」 「うん。美味しい。」 「ならよし。」 満足気に口角を上げる。 「天気良いね。」 「うん。」 もう一度外に目をやる。 どうしてだろう、たった数秒前に見た空はただ青いだけで 私をとことん追い詰めるだけの物だったのに、 今はどことなく愛おしさを感じる。 「俺、散歩行きたいなー。」 わざとらしく子供のような口調で笑う。 「何するの。」 「んー。別に何ってわけじゃないけどさ。普通にのんびりしたいなーって。」 「のんびりならここでもできるじゃん。」 「いやまあそうだけど。一緒に歩きたいんだよ。」 「…。」 聞こえないふりをして、コーヒーに口をつける。 「コーヒーいれてさ。何なら昼飯も作って。」 ニコニコと楽しそうな言葉が次々と溢れ出てくる。 「わかった。」 渋々といった態度をしながらも内心は嬉しかった。 二人で歩けるなんて、なかなかないから。 「よし。じゃあ準備してな。俺も色々用意するから。」 「うん。」 寝起きで乱れた髪を直しながら、鏡をぼんやりと眺める。 私がいる。 ただ私を見つめる。 こんなまっさらな自分を誰かに見せる日が来るなんて思いもしなかった。 色々な心無い言葉をかけられてきたけれど、彼は一度もそういったことに関して触れることはなかった。 だからなのかもしれない、こんなにも罪悪感に目を背けてしまうのは。 キッチンから、心地良い音が聞こえて来る。
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