5.第三皇子

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 恥ずかしさから落ち着かない朝食を終わらせて長椅子に座った凜風(リンファ)は、自分の隣に座りやたらと密着してくる昊天(ハオティエン)の肩を両手で押さえて、止める。  護衛達が側に控えている以上、彼等に見せつけるため仲良し夫婦を演じなければならない。  ……そういう契約なのだから。  人前で男性と密着する状況は未だに慣れず、引きつる口元を必死で動かして笑みへと変え、恥じらいつつ夫を慕う妃を演じる。 「殿下、このようにお過ごしになっている理由をお聞かせください」 「理由か。寝台で凜風と共に目覚めたいからだと、話しただろう?」  肩を抱かれ体を強張らせる凜風の耳元へ、唇を近づけた昊天は甘く低く囁く。  耳の中へ流し込まれる吐息が擽ったくて目を細めた。 「ご冗談を。殿下がそのような理由で、私と朝を共にするとは思えません」  第一皇子ながら戦場へ出で先陣を切って戦う彼は、直情型と思われているが実の所、自分にとって有益なものは何か選択しそのための計略を巡らせ動いている。  理由が無ければ休暇を楽しもうなどと、契約妃と仲睦まじい振りなどしない。  睨む凜風の頬を人差し指で軽く撫で、昊天は愉しそうにクツクツと喉を鳴らした。 「今日、秀英(シゥイン)がお前に会いに来るという先触れが届いた」 「秀英様? 弟君の?」 「ああ」  目を丸くする凜風を見て、昊天の顔から笑みが消えた。  口を閉じて凜風は、婚儀で顔を合わせた皇族の顔を思い浮かべる。  少し癖のある色素の薄い髪とまだ幼さの残る中性的で穏やかな顔立ちをした、成人に成ったばかりの第三皇子、秀英。  彼の母親は貴妃の一人で、第一皇子と第二皇子とは異母弟だった。 「俺ではなく凜風に会いたいらしい」 「私に、ですか?」  秀英とは婚儀での挨拶しか言葉を交わしたことがないのに。訪問理由が全く思い浮かず困惑する。 「まぁ、訪問理由は大方察しがついている。だから今日は此処に残っている」 「理由は何でしょうか?」 「今に分かる」  問いには答えず、昊天は長椅子へ体を横たえ肘掛に足を乗せ、頭を凜風の太股に乗せた。  所謂膝枕の状態に、呆気にとられた凜風の思考は停止する。 「はっ、ちょっ、殿下!?」 「……合わせていろ」  口角を上げて見上げてくる男の顔は綺麗で、それがまた憎たらしいと内心で歯軋りする。  此処までやるのかという羞恥心が勝り、教えてくれない第三皇子の訪問理由のことはとっくに頭の中から消え失せていた。  無言で睨み合う二人は、傍から見たら見詰めあう仲睦まじい新婚夫婦。  しかし、俯いた凜風は眉を寄せて今すぐに膝の上から押し退けたいという衝動を、必死で抑えていた。  フッと鼻で笑った昊天の手が垂れ落ちた凜風の髪へ伸び、そっと彼女の耳にかける。 「失礼いたします。第三皇子殿下がいらっしゃいました」 「ええっ!?」  護衛が第三皇子の訪問を告げ、慌てた凜風は寝転ぶ昊天を太股の上からどかそう肩を押すが、彼は一向に起き上がろうとしない。 「昊兄上、義姉上、お久しぶりです。少々働き過ぎな昊兄上が宮に残りわざわざ出迎えてくださるなんて、私は幸せ者ですね」 「い、いえ、殿下も、すみません、このような状態でお迎えすることになって……」  全身を真っ赤にした凜風はしどろもどろに言う。  羞恥で今にも泣き出しそうにしている妃の手を取り、指を絡ませて寝転んだまま昊天は出迎える。  冷酷、暴君と畏怖されている異母兄が、傍に女人を置く姿を初めて目にした秀英は思いっきり威嚇されていると気付き、苦笑いを受かべて挨拶をした。 「前置きはいい。本題は何だ? お前が御機嫌伺いだけでわざわざ此処へ来るわけはないだろう」  凜風の膝の上から動かず、寝転んだまま顔だけを動かした昊天は弟を睨む。 「さすが、昊兄上。よく分かっていらっしゃる。義姉上あての書状を預かって来ました」  微笑んだ秀英はそこで言葉を切り、懐から折り畳まれ仰々しい装丁をされた文を取り出した。 「皇后から義姉上へ招待状、です」  “皇后から”と聞き、体を揺らした凜風と指を絡ませて繋いでいる昊天の手に力が入った。
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