1.契約妃と成る

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1.契約妃と成る

 兵達が整列し見守る道を通り、鮮やかな朱塗りの輿に乗せられ皇帝の待つ皇居へ向かっていた花嫁一行は、門をくぐってすぐに歩みを止めた。  皇居本殿内で待っているはずの花婿、帝国の第一皇子が花嫁一行を出迎えに来ていたのだ。  困惑しつつ、控え目に声をかける輿の側を歩いていた護衛を無視して、一行を止めた第一皇子は大股で輿へ近付き足り幕を捲り上げ、花嫁へ手を差し伸べる。  思いもよらない第一皇子の行動に驚き、どういうつもりなのか問うのも諦めた花嫁は彼の手を取り輿から下りた。  ばさりっ  両足が石畳の床についた瞬間、第一皇子は花嫁のかぶっていた赤色のベールを勢いよく捲った。 「っ!?」  突然の暴挙に、周囲から息を飲む声が聞こえる。  金糸で彩られた艶やかな花嫁装束を纏った結った髪に無数の簪を挿した花嫁の全身を見下ろした第一皇子は、満足げに頷いた。 「ふん、着飾れば少しは見られるような姿になるのだな」  高慢な言い方と無礼な態度の夫となる皇子を睨み付けた花嫁は、息を吐いて心を鎮めてから顔に貼り付けていた笑みを崩さないように、表情筋に力を込めた。  婚姻を結ぶと勝手に決めてくれてから半年もの間、一度も顔を見せることも無かった男が何を言っている。文句をいいたいところだが、どんなに腹が立ってもこの男は数多くの武勲を立てた帝国の第一皇子なのだ。  横に並んだ花婿に手を引かれ体を強張らせた花嫁の耳元へ、彼は無遠慮に唇を寄せた。 「この先に皇帝と皇后が居る。わざわざ俺が出迎えてやったのだ。ボロを出さずに上手くやれよ」  囁かれた言葉で、煌びやかな衣装と化粧で飾られて非現実な気分でいた花嫁は、一気に緊張感に包まれた。  玉座の間への扉が開き、花婿に手を引かれ壇上の玉座に座る皇帝の元へと進む。  ベールで視界は不鮮明になり、花嫁の表情は上手く隠れているとはいえ、玉座に座るのは両親、兄弟、一族を滅ぼした憎い仇。全身が憎悪と嫌悪感で震え出す。  ふと、繋いだままだった花婿の手に力が入った。 (えっ?)  繋いだ手から伝わる温もりが、憎悪の感情で塗りつぶされかけた花嫁の感情を踏み止まらせ、彼と交わした半年前の契約を思い出させていく。  半年前、皇帝暗殺を企て宦官に変装して後宮へ忍び込んだ凜風(リンファ)を捕らえたのは、恵帝国の軍部を率いる戦狂い皇子と評されている第一皇子、昊天(ハオティエン)だった。  後宮へ忍び込んだ罪を見逃す引き換えに、昊天が要求したことは彼を皇太子にするための駒となること。 従う選択肢しか許されなかった凜風は、室外に待機していた昊天の部下に引き摺られるように後宮の外へ連れて行かれた。  数人の兵に囲まれ皇宮外へ出て、たどり着いた屋敷で昊天の側近だという武官の養女となり、皇族へ嫁ぐために必要な礼儀作法と知識を学ばされたのだった。  そして半年後、花嫁装束を身に纏い後宮で捕らえられた時とは別人のように淑やかな女性へと変貌した凜風は、昊天に手を引かれ皇帝と皇后の前で頭を垂れていた。  煌びやかな玉座に座る、冕冠を被った昊天とは似ても似つかないふくよかな体型の皇帝と、贅と凝らした衣と装飾品を身に着けた皇后を直視することは、婚姻の儀を全て済ませていない目下の凛風には許されない。  憎い仇達が側にいるのに何も出来ない憤りと、湧き上がる憎悪の感情を必死で抑える。 玉座に座る皇后、彼女の隣に立つ第二皇子から向けられる全身を値踏みするような、ねっとりとした視線を感じながら憎悪の感情をベールで隠した凜風は、半眼伏せて皇帝の第一皇子との婚姻を許可する言葉を聞いた。  第一皇子が不要だとしたため、昨年行われた第二皇子の婚姻の儀と比べ質素で短時間の酒宴を終え、再び輿に乗せられた凜風は第一皇子宮へ向かった。  皇帝が住まう宮殿に比べ、最低限の装飾しかない第一皇子の宮殿は華美を好まない主の性格をよく表しており、使用人の数よりも無骨な護衛の人数が多く、特に女性の使用人の姿が少ない。  軍部を統括している昊天は、武だけでなく政でも鋭い采配をするため宮中での敵も多く、暗殺を防ぐ目的で限られた女性しか側に置こうとしなかったと、凜風に花嫁教育をした義母から教えてもらった。 (そんな第一皇子が何故、身分も価値も無い私を妃に据えようと思ったのかしら)  半年前に捕らえられた時と今日以外、会話以前に顔を合わせていない昊天の考えは推測も出来ず、自分で考えても明確な答えは導き出せなかった。
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