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(この力を貴方は気味悪がるの? それとも策略に使えると思うのかしら?)
緊張の面持ちの凜風は昊天が口を開くのを待っていた。
しかし、握っていた手を離した昊天は興味は無いとばかりに、凜風の腰へ腕を回しそのまま寝台に寝転んだ。
「成程。このまま寝るぞ」
一緒に寝台へ寝転び、昊天の上に乗る形になった凜風は「ひっ」と引き攣った悲鳴を上げた。
すぐに昊天の上から退こうとした凛風は、彼の胸へ手を当てて上半身を起こそうとする。だが、腰と背中に回された腕の力は強まり、さらに二人の体は密着していく。
「なん、なんで?」
「五月蠅い。騒ぐと外に聞こえる。俺のことは気にするな」
耳元で囁くように言われ、耳に吐息が当たるむず痒さと恥ずかしさで変な声を出しそうになった。
少しずつ体を動かして、昊天の上からどうにか彼の横へと移動した。
横へ移動したといってもまだ腰を抱かれ、互いの体は密着したまま。
(誤魔化すためとはいえ、一緒に眠らなければいけないなんて! これでは気になって寝られないわ)
密着しているから感じる心臓の鼓動と温もりで、世間から冷酷だとか戦狂いだと悪評を立てられているこの男も、普通に息をして生きているのだと改めて実感した。
(あたたかい……誰かと一緒に眠るのは、いつぶりだろう)
皇帝の命を受けた兵たちによって里が襲撃を受けた夜、強い夜風が家の壁にぶつかる音が怖いと泣いていた凜風に寄り添って眠ってくれたのは、誰だったか。今はもう記憶が薄れて、顔に靄がかかった祖父だった気がする。
久々に感じた人肌の温もり包まれて、いつしか凛風は心地よい眠りへと誘われていく。
眠りに落ちる直前、凜風を苛んでいた炎と鮮血の赤は、何故か彼女を覆いつくそうとしなかった。
緊張の連続で疲れていた体は休養を求め、眠気の重みに耐えきれなくなった目蓋はゆるゆると閉じていった。
***
共寝に抵抗して強張っていた華奢な体から力が抜けていき、穏やかな寝息が聞こえてくるまで大した時間はかからなかった。
上半身を浮かして手を伸ばした昊天は、抵抗のつもりなのか背けていた凜風の体を仰向けにして彼女の顔を自分の方へ向ける。
「ふん……」
化粧を施した顔は、ベール越しでも好色な皇帝が眉を動かすほどの美姫に見えたのに、寝顔は年端のいかない少女のように幼く見える。
成人を迎えている年齢とは思えない幼い寝顔は、寿命が長いという慈一族の特徴なのか。
「お前は力を使い逃れようとは考えないのか」
半年前、昊天を弾いた能力や治癒能力を上手く使い、彼女の存在を利用しようと考える権力者に取り入ればそれなりの地位を得ることも、男に媚びる術を会得すれば復讐に縛られず女の幸せを得ることも、楽に生きることも出来ただろう。
長らく望んでいたにも関わらず子を持てず、妾を迎えることもしなかった腹心部下へ身柄を託し養女とした後も、力を使えば養父母から逃れることも出来ただろうに、義理立てて逃げることはしなかった愚かな女。
監視と護衛をさせていた者からは、凜風は養母の教えをよく聞き真面目に課された課題を解いていると報告を受けていた。
「凜風」
仮初の妻となった女の名を呟く。
眠る凛風には聞こえないはずなのに、彼女の睫毛はピクリと揺れる。
初めて口にした彼女の名は、思いの外声に出しやすく耳によく馴染んで聞こえた。
自嘲の笑みを浮かべた昊天は、眠る凜風の横に寝転び改めて彼女の腰を抱く。
かつて婚姻を結んだ女とは違い、華奢な彼女の体の何処にも刃物も殺意も隠されてない。それどころか、警戒感も無く寝息を立てている。
目尻に溜まった涙を人差し指で拭い取り、指を滑らせて頬を撫でた。
「俺と契約した以上、それなりの働きをしてもらおう」
触れた肌の滑らかさと寝間着越しに感じたやわらかさ、艶やかな髪から香る花の香りを堪能しながら目蓋を閉じた昊天は、ゆっくりと眠りの淵へ落ちて行った。
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